八つの愛おしき年月を経るならば






「十年後弾?」

「ああ。ジャンニーニとボヴィーノファミリーを協力させて作らせた特殊弾だ」

「……つまりなんだぁ…十年バズーカとやらに飽き足らず、お前の銃でも未来と入れ替わる方法を作ろうってのかぁ…?…貪欲だな」

「問題があるなら改良すればいいじゃねーか。あって困るようなものでもないだろ」

「いや……困りまくりじゃねえかぁ!!」

「誤算は時間制限の設定が上手くいかなかったことだな。いいデータが取れたし…後はお前が相手してやれ」

「な、なんでだぁ!貴様が撒いた種だろぉ!貴様がなんとかしろぉ!」

「俺はなにかと忙しいんだ」

「俺だって忙しいわ!緊急事態だとかぬかしていきなり呼び出しやがって!本部に戻った後の俺の立場を考えたことがあるのか貴様ぁあ!」

「虐げられるだけだろ。いつものことじゃねえか」

「いつもじゃねえ!!」

「それに―――」

リボーンがゆったりと視線を左へ飛ばす。

そこには四人の人間がいた。

一人はランボとかいう牛ガキ。

一人はイーピンとかいう将来有望とされたヒットマンのたまご。

もう一人はランキング小僧フゥ太。

そして……。

「アレ、お前も見ておきたいんじゃねえかと思ってな」

「っ……!うるせぇ…」

リボーン監修の下、開発途中段階の十年後弾。

データ不足による研究の遅延を嘆き、人体実験データがあれば…と開発チームが首を捻りに捻っていた折「やりたきゃやればいいじゃねーか」と背を押したのは他でもないリボーンで。

選ばれた栄えある実験体第一号は……次期ドン・ボンゴレ。ボンゴレ十代目、沢田綱吉その人だった。



……そう、つまり…。



「あはは、なんだランボーお前小さいなぁー!生意気でムカつく奴だったけど、大きくなった姿を知ってると無性に可愛く思えるな、お前」



俺の知っている姿よりも若干成長し落ち着きを漂わせる青年が、ガキどもをかわるがわる撫で回して笑っている。

髪の色、質、光を宿す、あどけないながらにささやかな意思を滲ませる大きな瞳。

纏う空気は変わりない。

こいつは。

「あ!スクアーロ!あははははなんかちょっと若いー!」

快活に笑うこいつは……未来の沢田綱吉だ。



「えー?十年後弾?そんな厄介なもの作ってんの?リボーン」

それで俺が実験の犠牲に?と俺の顔を覗きこみ、じっと見つめてくる瞳に、俺は思わず少し後ろに退いてしまった。

ガキたちを外に遊びに行かせ、綱吉の部屋で二人きりになった俺と綱吉(未来)は、互いの情報交換を兼ねて言葉を交わしていた。

…いや、それにしたって、困ったものだ。

俺と…この時代の綱吉とは……考えにくい奇跡の連続のおかげで恋人同士に、先日なったばかりなのだ。

まだ満足に手を繋いだわけでも口付けたわけでもない。

が、思いを告げ、なんとか受け入れてもらって……綱吉が俺への好意を口にしてくれるという現実が俺の胸を甘く締め付けた。

この年になって……こんなにもガキ臭い、恥ずかしい恋愛をする羽目になるとは思わなかったが。

…だから、現状が非常に困る。

現代の綱吉なら、恥じらいと照れを前面に押し出し、俺を真正面から見つめるということなどできない。

その初々しさがまたいいわけだが。

しかし、この、未来の綱吉ときたら……なんの衒いもなく純粋な熱い視線を俺に浴びせかけてくるのだ。

それも……気のせいなのだろうか、やけに熱烈なのだ。

懐かしいものを見つめる、というよりは……可愛らしいものを見つめる、というか、心底愛しげだというか……いや、気のせいであってくれれば別段問題はないのだが。

「あー…いいなぁスクアーロ。確か告白したての頃だよねー。可愛いなぁ…ねえ、もっと俺の方見てよ」

ほら、と差し伸べられた手が俺の頬に副えられ、逸らしていた視線を引き寄せられる。

男にしては白い肌は吸い付くように滑らかで、心拍が跳ね上がりそうなほど色気と瑞々しさに溢れている。

未だ触れられない綱吉の身体。

……現代の綱吉も、こんな柔らかい手をしているのだろうか。

って!何想像膨らませてんだぁ俺は!!

「あは。ほっぺた赤くなった。うーんいいなぁこういうの。初々しいっていうか可愛いっていうか……俺のスクアーロは誘惑にも慣れきっちゃって面白くないからなぁ」

「な……おい、なんだ誘惑って……」

「んー?さて、なんでしょう」

にこにこと笑みながら、反対の手も俺の頬へと当てられた。

そのまま、俺の膝の上に綱吉が乗り上げてくる。

「ねえスクアーロ…気にならない?」

「なに、が…!」

「未来での、俺たちの、関係、とか」

胡坐を崩したような体勢の俺の上で、綱吉が膝をつき、上からうっとりしたような瞳で見下ろしてくる。

「まあ、訊かれたところで……未来が変わっちゃうと困るから言えないんだけど、さ」

するりと頬を撫で上げる指先が俺の背筋を、喉元を、指先足先を波立たせる。

「それに、俺、十年後じゃないからね。多分その『十年後弾』が未完成なせいで、きっちり十年じゃなかったんだろうけど」

「は?」

「俺、今二十二だから」

二十二。……にじゅうに。ということは、今から八年後、か。

「つうことは……大学、卒業間近、って辺りかぁ?」

問いを受け、ふわりと綱吉が笑んでみせる。

どこか儚げで、朧げで…不安をひた隠しているような淡い笑みを。

「うん。……俺の進路も、心ももう決まっているんだけど、ね……スクアーロは……」

「……?」

ふと視線を下げ、目を伏せた綱吉は俺を通り越してどこか遠くを見透かしているようで。

俺の肌の上を滑っていた指先が、止まる。

瞼を下ろし、祈るように静かに息をする綱吉は……先の悪戯っぽさとはまったく別の顔を覗かせた。

そうか。未来では、こんな顔もできるようになるのか。



「って、そんなことはどうでもいいよね!…ね、スクアーロ」

「あ、ああ?」

「ひとつだけお願い。一回だけでいいからさ……キスさせてよ」

「…………はぁあああ!?」

「今俺とスクアーロ同じ年でしょ!新鮮!こんな機会滅多にないし!いいでしょー減るもんじゃないし。むしろ増えるよ!いっぱいね!」

「ちょっ!ありえねえだろぉ!俺は現代の綱吉と一回もしてねえんだぞぉ!」

「じゃあこれが俺とスクアーロとのファーストキスになるわけだ!記念すべき一歩じゃん」

「ない!ないないない!やめろぉ!俺とあいつの初めては――」

「まあまあそう照れなさんな」

「照れてねえ!違う!やめろぉお!!」

初めては、現代の綱吉相手がいいに決まっているではないか。当然だろう。

こいつは確かに綱吉だが…俺の綱吉ではない。

未来の俺の、綱吉だ……といいな。

未来でも、俺とお前は付き合っているのだろうか。隣に立って、いられるのだろうか。

感慨に似た暗さを滲ませながら思考を揺らがせていると……ハッと気付けば、綱吉はもう唇と唇が触れてしまいそうなほど間近に顔を寄せていて。

「いいでしょ」

「よ、く…ねえ……!」

吐息が熱を伴ったまま俺の唇をなぞる。

いかん。ぞくっときた。

が、ここで心折れては俺の綱吉に面目がたたない。

肩を押し返そうと試みるものの、絶妙な体勢で俺の動きを封じ、斜めに構えて俺の反抗を流してしまっているではないか。



唇が、迫る。



「スクアーロ……俺は、それでも………」







綱吉の微かな囁きが、俺の理性にヒビを入れようとした、瞬間。



ボウン!!



と巻き上がったピンク色の煙。



「困り、ますっ!……って、あれ?え………うわぁああああ!!」

膝の上に乗る体重に変化が起きた。

軽い。

声も若干高め。

突然の変化に混乱したのだろう、顔を真っ赤にした綱吉は、慌てて俺から離れようとジタバタし始めた。

触れた肩は……さきほどのものより肉に埋もれていて柔らかい気がする。

胸元のボタンが数個外れている、という乱れた姿で俺の前に帰ってきたのは、まぎれもなく現代の――『俺の』綱吉だった。







「無事戻ってこれてよかったー」

「ああそうだなぁ……だが気になることがひとつある」

なんとか冷静さを取り戻した綱吉を隣に座らせて、俺は眉間に皺を寄せた。

「ん?なに?」

「なんでお前の服、前が開いてたんだぁ?」

「………」



さっと目を逸らしたが、スクアーロは逃げることなど許さないと「宣言するかのように視線を綱吉に定めている。

言えない。

言えるわけがない。



でもそれでは納得しないだろうし。



そう……そう、ひとつだけ言えるのは。

「スクアーロ…」

「ん?」

「スクアーロがあんな…あんなにすごいとは、思わなかったよ…」

「はぁ!?何がだぁ!!」



あと八つ、愛おしき年月を経れば……再びあいつに出会えるのだろうか。

それは、今後の俺たち次第なのだろう。

あの憂いを帯びた瞳の意味を知ることも。

あいつが匂わせた、俺とお前の関係のことも。



遠い未来の可能性を夢見て。








八つの愛おしき年月を経るならば




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