吐く息は白い。
早々に地平へと沈む太陽は、凍える季節の到来を悲しむようで。
ポツリポツリと灯っていく街灯の灯りに俺はそっと口角を上げた。
もうすぐ時計塔の鐘が夜を告げる時分だ。
家路を急ぐ人並みをぼんやりとやり過ごしながら、数十年ですっかり元に戻った様相を見回す。
死神の言っていた通り『ヴァリアー』という組織が牛耳り始めた街は、面白いほどにあっけなくかつての惨劇を隠匿した。
塗りつぶすように、塗り重ねるように。
いや、知ってか知らずか。
無意識のままに発動されていたらしい、『彼』から受け継いだ『魅了』が再び街全体を包み込んでいるためか。
鐘の音と共にやって来る怪人のお伽噺だけが、粛々と歌われるだけ。
(実際は、鐘の音なんて関係なく降りてきちゃってますけどねー)
俺ならここにいるよ、と微笑と共に踵を鳴らして、色を濃くしていく空のグラデーションンを眺めた。
星の瞬きを感じて、薄っすらと目を細める。
『食事』を絶って、もうすぐ100年を数えようとしている。
衝動のままに狩り尽したあの夜を忘れるかのように、俺は一度たりとも人肉を食らうことはなかった。
食欲がないわけではない。
代わりを求めて動物を狩ろうとしたこともあったけれど、それで飢えがしのげるわけではないことなど、本能で悟ってしまっている。
そして、その限界も。
生きる屍は、しかし不滅ではない。
『彼』が死んだように、終わりは必ずある。
半永久の生は、しかし永遠ではないのだから。
寝覚めのすっきりしない日が重なるにつれて、力の揺らぎも感じられるようになってきた。
この命が尽きれば、俺はあの赤い眼光の悪魔に捕まるらしい。
輪廻を外れ、あの男のために使役されるだけの魂となる。
決して、『彼』と同じ場所へは還れない。
それでも、後悔など……。
結局、奇跡は未だに起こらない。
でも、それでいいのかもしれないと、思う。
ひとりぼっちは、寂しいけれど。
恋なのか、愛なのか、定かでない想いを抱えて生きるのは、俺だけで十分じゃないのかと。
告げたところでどうにもならないではないか、と。
愚かなエゴだけで、こんなところまできてしまった俺の終焉は、間近なのだから。
薄闇に沈む街をふらふらとあてどなく彷徨いながら、俺はうっそりと微笑んだ。
『残念ながら』
『そううまくはいかないものだ』
ぞく、と駆け抜けた悪寒に四肢が硬直した。
脳に直接叩きつけられたような、しかし重く沈む囁きが耳の奥底にこびりつく。
あの、赤の。
「うおっ」
「!」
ドン、と背中に当たった衝撃に、思わずよろけて足がもつれる。
傾ぐ体を立て直そうと一歩踏み出すも、勢いを殺せるまでには至らずに。
石畳は痛そうだ、と覚悟を決めた刹那、グンと引かれた腕に動きを止められて。
「う゛お゛ぉい大丈夫かぁ?」
反射的に振り仰いだ背後には、白銀の――。
『……人の心はままならない。お前もまた、ただの人であるならば』
「……そういう、ことか…」
そしてまた繰り返す。
呪われた連鎖の矛先は―――。
PHANTOM