S・O・S








「うー……やばいぃ……」

自覚出来てしまうほど、あからさまにぶれる世界と相反する二つの思考。

冷静に、自分は酔っているから、少し酒を控えて落ち着くべきだと考える俺と、欲望に忠実に、飲める時に飲んでおかなければ損…というより、飲まなきゃやってられないだろ!と暴走する俺がせめぎ合っている。

このまま飲み続ければ完全に潰れてしまうだろう。

目に見えている。

けれど……。

洗面台に寄りかかりながら、頬に両手を当てて冷気を求め、そっと瞼を閉じてみた。

思い出されるのは……山本の申し訳なさそうな顔と獄寺くんの異様に慌てた顔。

大学の、同じサークルの仲間である二人の存在は、俺の酒の席でのストッパーだったのだが……今日は運悪くどちらも不在で。

元は、山本が持ちかけてきた話だった。

実家の剣道場に時折足を運んでくれる先輩が、色々な大学の男女を集めて交流会を開かないかと誘ってくれたのだがどうだろう、と。

人数も、そこそこ集まるようだからもし他の奴らと打ち解けられなかったとしても身内だけでこっそり集まり、普通に飲み会したって問題ないだろうという話で。

山本が参加するし、聞けば京子ちゃんも来る、というから乗ったのだ。

俺が行くなら獄寺くんも「お供します!」と名乗り出てくれたし。

……なのに。

獄寺くんが海外のご両親から急遽呼び出され、空港から飛び立っていったのが昨日。

山本のお父さんがぎっくり腰で動けなくなり、どうしても外せない配達の仕事を山本がやらざるを得なくなったというのが今日のお昼。

京子ちゃんはというと、友達が失恋したとかで泣き付かれ、そっちについていたいからと不参加を申し出た、らしい。優しいなぁ京子ちゃん……俺は寂しいけど。

そんなこんなで……俺もやめておこうかと思ったのだが。

「先輩に話しておくから、ツナは楽しんできてくれよ!大丈夫だって!あの人、見た目はちょっと怖いかもしんねーけど根はいい人だからさ!」

既に電話してお願いしてしまったと告げられ、見送られてしまっては行かないわけにもいかなくて。



「ううー…」

知らない人ばかりの中でいきなり軽快なトークを繰り広げる、などということが俺に出来るわけがない。

手持ち無沙汰になれば、自然とグラスを傾けるスピードが上がってしまう。

元来、特別酒に強いわけでもなくって。

「やっばい、なー……まっすぐ歩けて、ない、よ…」

ふらりふらり。

こっそり逃げ込んだトイレの洗面所の前。

試しに数歩足を動かしてみるものの……揺れる視界とおぼつかない足取り、時折肩に触れる壁によって、確実にまともには歩けない状態なのだということを悟った。

ダメだ。ダメっぽい。

男女それぞれ数名ずつ。

三つくらいの大学から集まった飲み会は、集まりというよりも…合コンそのものだった。

といっても、あからさまに男女の関係を求めている、という風ではなく各大学の情報を交換したり、メアドを交換したり、といった交友関係を深める意図を持つような合コンに近いようだけれど。

でも……結構限界だ。

これ以上酒を入れると、一人で帰れなくなるかもしれない。

それは、避けなければ。

やはりここは途中退場だろうか。

まあ引き止める人もいないだろうし、代金は先に徴収されてるし……問題ないだろう。

既にまともに歩けなくなっているのだから、症状が軽いうちにお暇するべき、に決まっている!

心は決まった。

……決まらないのは身体の方だ。

少し酔いを醒まさなければ……。

夜の街に飛び出して、判別のつかない頭で歩き回れば無駄に迷ってしまうやもしれない。

「…うー……」

冷ややかなタイル壁に背を預け、冷たさを享受する。

火照った身に冷気はオアシスのようで……。



「う゛お゛ぉい!お前…大丈夫かぁ!?」

クタリと壁に寄りかかる俺の肩を、誰かがそっと揺さぶる。

語調の荒さとは真逆に、触れる掌の力加減は労わりを見せて優しい。

うっすらと瞼を持ち上げれば……。

「あ……スクアーロ、さん?」

「ああ。大丈夫かぁ?綱吉」

覗き込んでくる鋭い目つき。

けれど、瞳に宿る光は朧げで、柔らかで。

「どうして、ここに…?あ、トイレ?」

「違う。お前がいきなりどっか行っちまうからだろぉ」

どこか、に?

ああ…誰にも言わずに席を立ったからか。

じゃあ探しに来てくれたということ?



山本の言うとおり、スクアーロさんは顔が少し怖いものの性根はとても真っ直ぐな人だった。

飲み屋で合流し、互いに挨拶を交わしてから何かと気を使ってくれている。

さりげなく隣にいてくれたり、話を振ってくれたり。口調は粗雑だったけれど。

友人、というよりは仲間なのだというお友達を紹介された時は、さすがにびっくりした。

派手なおかまさんだったり、自称王子だったり、金にうるさい人だったり、何かと濃い人ばかりだったから。

その中にいるからかな。なんか、すごく親近感が沸くような、まるで…そう、お兄さん、みたいな。

キラキラ光る銀髪は、染めたんじゃなくて地毛なんだって。

切れ長の瞳に通った鼻筋。

女の子たちがしきりにチラチラと視線を送っていたけど……俺、絶対邪魔してたよね。

わかってるん、だけど。

うん……でも、なんだろう。

知り合ってからまだ全然時間とか経ってないんだけど、この人の空気は激しい中にも芯があって、人間味に溢れてて……とてもとても、居心地がいい。



「う゛お゛ぉい!んな所で寝るなぁ!」

え……ううん。寝てません、よ?

「嘘つけぇ!今にもへたり込みそうじゃねえかぁ」

あれ?そう?

確かになんか、身体がふわふわして……よくわからないんだけど。

「とりあえず席に戻るぞぉ。送っていってやるから荷物と上着を…」

いえいえいいです。そんな、お気遣いなく。

俺一人で帰れますし。

「ふらふら危なっかしい奴を一人で放り出せるかよ。山本からも頼まれてるしな。最後まで面倒みさせろ」

うう……でも……。

「でもじゃなくて………なっ!う゛お゛ぉい!」



壁から背を離し、反動をつけて歩き出そうとしたのだが……力の抜けた関節は自制を受け入れず、ゆっくりと崩れていく。

グンと回る世界を判別することもできない。

ああ…やっぱり大分酔っている。

けど、気持ちいいから……別にいいか。なんでも。

倒れるなら、倒れても。



酔いは感覚を鈍らせ、判断力を麻痺させる。

全てを受け入れるように四肢から力を抜いて、待ち受ける冷たいタイルの床へとダイブしよう、と目を閉じた。



が。



「おい。お前……かなりヤバイ状態だろぉ」

自分より一回り大きな、逞しい腕に肩を抱かれていた。

人の弾力。

優しいぬくもり。

支えてくれる強い腕は、理由もないのに全幅の信頼を寄せてしまえるような、そんな――。

「……ここからだと、お前の家より俺の家の方が近いな。ちょっと寄っていけ。酔いが冷めたら、ちゃんと送っていってやるから」

返事の言葉すら、口にできない。

仕方なく顎を引き、頷くことで了解を示した。

寄りかかってしまっても……何を任せてしまってもいいような気分だ。

スクアーロさんについて行けば、どうにかしてくれるような気がして……。

肩を抱かれながらトイレから出て、席につく。

ちょっと待ってろと囁かれたけれど、まともな反応は出来なかった。

離れていったスクアーロさんは、女の子たちに何やら説明をしている、ようで…。

会話の内容は聞き取れないが、何やら女の子たちから不満の声が上がっている…気がする。

……いけない。眠気がきた。

頑張らないと、このまま瞼を下ろしていびきの一つでもかいてしまいそう。

いや、それはかっこわるい。そんな様をスクアーロさんに晒したくはない。

……なんとなく、そう思う。

片手を上げたスクアーロさんは帰り支度を終えてから、俺の荷物とコートを持って歩みよってきた。

ああ……帰るのか。

どうにもこうにも迷惑かけっぱなしだけど……どうせだから、お言葉に甘えておこう。

折角の機会だし、スクアーロさんともっと話をしてみたいし。

「ほら、着ろ。行くぞぉ」

コートを着せられ、背に手を添えられて退室を促される。

なんか、首の裏がチクチクするような視線を浴びせかけられたけれど、今の俺には痛くもかゆくもなかった。







「……お前、人を信じすぎなんじゃねえのかぁ…?もう少し疑えよ……」

「ん……うー……」



スクアーロが借りているマンションの一室へ向かう道すがら、ポツリと落とされた忠告が、眠気と気持ちよさに酔った綱吉に、拾い上げられることはなかっ
た。






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水琴さん、リクエストありがとうございました!