ドライブがしたい。付き合え。と命じられれば、俺はそれに従うまでだ。





チェリオ





「寒くないのかぁ?」

「ぜんっぜん!」

上下スーツを上着まできっちり着込んだ俺とはまるで逆。

背広を後部座席に放り出し、ワイシャツの袖をめくり上げ、ボタンを三個ほど開くという寒々しくもだらしない格好で、助手席に陣取るドン・ボンゴレは非常にご機嫌なご様子だ。

今にも鼻歌を歌いだしそうだが、そうしたらとりあえず鼻をつまんでやろうと考えている。

超直感で悟られるような気がするから、きっと野望が叶うことはないのだろうけれど。

偶然、九代目の使者として寄越されていた俺に連絡が入り、造りかけのボンゴレの日本支部に呼び出されたのがちょうど二時間前だった。

「スクアーロ。遠距離恋愛で我慢ばっかりしてる俺にご褒美をよこしなさいバカ」

と電話口で罵られたのは記憶に新しい。



俺だって我慢してんだぁ!イタリアに腰を落ち着けやがれ!という文句は言えずに、俺はただ求められるがまま、ハンドルを握っている。



『真っ赤なオープンカーで俺を連れ出して』



なんともまあ夢見がちなご褒美を望まれたものだ、と感心しているうちに車がさっさと用意され、綱吉に背を押されて乗り込んだSLRマクラーレン。

左ハンドルには慣れているからいいものの…よくこんな車を日本で調達することができたな、と尋ねれば……なんのことはない。

へなちょこ馬にもらったんだそうな。

後で十円玉で車体にアホディーノとでも書いておこうと思う。

さて。

日本のぬるい高速に乗ってみたはいいものの、どこへ行くのか。

そういえば何も訊いていない。

海か山か……もうむしろ街中でもうろついてやればいいのか。

「そうだねぇ……じゃあ、海!山は虫が出そうだから、海にしよう!」

「典型的な逃避手段だなぁ。まあいい。しっかりナビしやがれ」

運転席の脇に寄せられていた道路地図を投げ渡し、とりあえず近場の浜辺へ出るぞぉ、と提案すれば。

「うんわかった。で、ここどこ?」

と、なんとも雲行きの怪しい発言を投下してくださった。







「…やっぱりなぁ。こうなる気がしてたんだ、俺は」

「あ、あれー?」

現在地を教え、目的地まで指し示し、どこでどう曲がるか指示しろと言い渡したはずなのに。

本来ならば、砂浜にたどり着くはずだった、のに。

「海に行きたいっつったよなぁ?」

「う……うん」

「季節はずれだが、海水浴場にもなってる砂浜に行くってことに、なったよなぁ?」

「う、ん」

「……ここは?」

「…明らかに、山の上です」

「だな」

頂上というわけではない。

車で登れる場所……展望台広場のある、小高い山の開けた場所。

ナビされた先、綱吉が「着いた!…はずなんだけど」と手を上げた時点でやっぱりか、という、呆れやら、悲しみやら、期待を裏切らない姿勢に対する愛しさやらがあふれ出したが…ここはやはりびしっと叱っておくべき、だろうか。

地図すら、まともに見られないのかドン・ボンゴレよ。

「あ、あ!でも、ほら!海見えるよ!」

「……お前がそれでいいんなら文句は言わねえが、なぁ……」

車を降り、広がるパノラマに向かって駆け出す綱吉を追いかけて柵へと近づいていく。

簡素な公園、といった感じの広場だった。

ふと広場の脇へ視線を飛ばせば、細い石の杭のような看板に『ローズガーデン』と彫られているのを見つけた。

なるほど。バラが咲くのか。

季節を外しているせいで、全て木と枝だけになってしまっているが。

「んー!海もいいけどやっぱり山だねー!」

「妥協にしか聞こえねえなぁ…」

「そこ、余計なこと言わない!」

「あーはいはい」

身を乗り出し、猫のように背筋を伸ばす綱吉の隣へと歩みより、ゆっくり視線を左から右へと流せば…なるほど。なかなかの眺望が俺たちを出迎えてくれた。

海が近いからだろうか。

勢いを増し、熱を減らした風の層が、俺たちを取り囲む。

「う゛お゛ぉい!さすがに風、強いなぁ…!」

「んー!!ああー…気持ちいいー!」

「お前、寒くねえのかぁ?」

「ないよー!むしろもっとやれって感じー!」

両手を大きく広げ、風を抱きしめるような体勢で、綱吉は瞳を閉じたまま空を仰いだ。



「なんでいきなり連れ出せって言ったのか、とか…訊かないの?」

「訊いた方がいいなら訊くぜぇ」

「ん………やっぱ、いい」

「そうか」

「ここでこうしていられるなら、他のことは、どうだって」

「どうでもいいことはないが、公私の区別が付けられるなら問題ない」

「うん。わかってる」

殊更ゆっくりとした動きで目を開け、降り注ぐ日光に掌をかざしながら、綱吉はホウっと息を吐き出した。

「……スクアーロ」

「ん?」

「イタリアは…やっぱり遠いね」

「そうかぁ」

「同じ大陸だったらよかったのに」

「島国だからこその良い所もあるだろぉ」

「うん……」

こちらを見ないまま、綱吉の指先が俺のネクタイを掴み取る。

白い肌に絡む黒い布地は、何故だか不思議と艶かしさを漂わせて。

ぐっと、引かれた。

屈め、と命じるような強さを持った勢いに従い、身体を寄せる。

その間に周囲へと視線を巡らせるのはもはや癖だ。

ドン・ボンゴレのスキャンダルを、安い連中に掴ませてやるような優しさなど、持ち合わせていないのだから。

人気はない。殺気もない。

危険性は限りなく低い。

と、確認を果たしたタイミングで、心地よい弾力が俺の意識を攫った。

最後に垣間見えた綱吉の、震える睫毛と伏し目がちな瞳に背筋がゾクっと感じ入る。

初めは探るように。

二度目は暴くように。

強請るかのような、優しくも荒々しい口付けは、綱吉だからこそ俺の芯に火を点ける。

鼻から抜けるような小さな呻きをも飲み込んで。

差し入れた舌で全てを喰らい尽くしてしまえたら、と。

愚かなエゴを押し隠しながら、俺は、静かに。

何かが伝わって解ければいいと、柄にもなく願いながら。

薄い布一枚越しの背を、肌を、掬い上げるように抱きすくめた。







チェリオ




香灯さん、リクエストありがとうございました!