「ぎゃーーーーー!!!」

「ちょっ!おまっ!違う!!逆だぁ!ハンドルきれ!ハンドル!」

「あああああああ」

「ちっ!もういいとりあえずクラッチ踏めぇええ!」

急停車する一台の教習車から、今日も高らかな怒声が響く。

「お前ぇえ!いい加減覚えろよぉ!」

「だってー!だってだってだってー!!!」

秋晴れの空は遠く高く、篭るように狭い空間を満たす怒声をものともせず、清しい風を運んでいた。







ドライバーズ







沢田綱吉が正式に十代目を就任するにあたり、やっておいた方がいいだろう、と思われることを消化する期間が与えられた。

曲がりなりにも社会に出るとなると、学生時代に比べて格段に自由に使える時間が減るのだから、今のうちにやりたいことをやっておきなさいという生暖かい慈悲……といえば、聞こえはいい。

だがしかし。

待っていた現実は、そんなに甘いものではなかった。

待ち受ける「社会」から求められるであろう知識やら能力やらを得るべく、特別プログラムを組まれるは、休日もあれやこれやの挨拶回りや地盤を固める作業に費やされるばかり。

確かに「お仕事」をするよりは楽なのかもしれないが……否応なしのスケジュール具合は、俺にとって地獄と言えた。

そして、その一環として、某家庭教師から強制されたのが……運転免許の取得だった。

「大型や二種を取れっていってんじゃねえんだから楽勝だろ」

普通でいいんだ普通で。

とサラリとおっしゃられたまま、丸投げした先生は、現在イタリアの地で俺の地盤を固めるべく愛銃を片手に飛び回っているらしい。

ぶっそうな話だ。いい笑顔が眼に浮かぶ。

有難いんだか有難くないんだか。

そうして一ヶ月が経とうという頃……中間報告を求められた俺が現状を伝えたところで、家庭教師は無言のまま、とある人物を俺に寄越した。

……それが。



「う゛お゛ぉい!ぼけっとすんな!死にたいのかぁ!つうかそれだと俺も死ぬんだよぉ!」

「あ、わ、わー!すみません!」

俺を一人前のドライバーにしろ、という九代目と家庭教師の連名で突きつけられた勅命書をひっさげた、彼。

ヴァリアーのスペルビ・スクアーロだった。



彼が現れたのは、忘れもしない二週間前、赤み掛かった月が浮かぶ、残暑をうっすらと残した夜のこと。

…再会は、唐突だった。



「う゛お゛ぉい!クソガキィ!開けろぉおおおお!!」

「ぎゃーーーー!!?」



玄関を介さず直接俺の部屋の窓を叩いた(扉を叩け!)獰猛な鮫は、小さなトランクを一つだけ抱えて俺の部屋に転がり込んできたのだった。

無茶苦茶だ。

最初から無茶苦茶だ。

何の説明もせず唐突に「命令だぁ。世話になる。つうか、俺がお前の世話をするんだがなぁ!」と、至極嫌そうな顔で叫んでくれて…。

結局、彼が寄越された経緯を知ったのは、来襲から一時間後、混乱に頭を抱える俺の元へタイミングを計ったようにかかってきたリボーンからの国際電話によってだった。

残された俺の休暇(?)期間、二ヶ月以内に、とにかく運転免許くらいは取得しろ。

サポート役として、暇そうだったヴァリアーの中から生贄……もとい、内部推薦された者を一人送った、と。

それが……スクアーロ。

なるほど……噂によればヴァリアーの中でも随分かわいそうな目にあっているようだし…。

災難でしたねとしか言いようがなかったのだが、それをうっかり漏らしたら、

「そもそもお前がしっかりしてりゃ俺がこんな目にあうこともなかっただろうがぁ!」

と怒られてしまった。

まったくもってその通り。……面目ない。

そんなこんなで、俺はボンゴレがわざわざ用意してくれた特別練習場(という名の貸切教習所)でスクアーロによる運転教習を受けている。

いや、受けさせられている。

……しかし、残念なことに、スクアーロの指導を受け始めて二週間が経とうという現在、秋晴れの空の下。

俺の運転技術は……一向に伸びを見せなかった。

クランクの壁として活けられている生垣には幾度となく突っ込んでいるし、S字に乗り上げることなんて日常茶飯事。

このあいだは練習用の小さな踏み切りに思わず突っ込んでポールをへし折ってしまった。

危険認識のテストで直線道路の死角から子供の人形が飛び出してきたのだが(手の込んだ仕掛けだ…)思いっきり轢いてしまって、俺は同乗していたスクアーロに思いっきり引かれたし。

そして、今は……。



「……おい、下がってんぞぉ」

「え、あれ!?」

「最初からやり直せ」

「え、えーっと……半クラッチ、だよね?」

「ああ。アクセルもっと踏め」

「よいしょっ!」

「……また下がってんじゃねえかぁ!」

「ええー!?」

「お前……このままだと下まで戻っちまうぞぉ…!」



坂道発進ができずにいる。

手順は助手席から飛んでくる指示通り、のはずなのだが、一向に前に進まない。

それどころかエンストする。

スクアーロが言うには堪えきれていない、半クラッチが半じゃない、とかなんとかなのだが…。

どうしろというのだ。

後ろに戻ってしまいそうになる度、慌ててブレーキを踏んでいるものの……このままだと元いた道路に戻ってしまうのも時間の問題だ。

「お前……次にまた同じことやりやがったら――」

「あ―――ごめん、スク。やっちゃった」

「トランクに―――ってもうやったのかよ!ちょっとは耐えろよ!まだ話終わってねえだろうがよぉ!!」

「ごめん我慢できなかったー」

「ああもういい加減覚えろぉ!半で止めろ!感覚を掴めぇ!」

「う、うーん……」

「うーんじゃねえ!くっそ……とりあえず4秒でいい、4秒耐えろ!いや、坂道で4秒はないな。やっぱ昇りきるまで耐えろ。とにかく耐えろ」

「耐えてばっかりじゃ伸びるものも伸びないよ?新芽を力まかせに押さえつけてちゃいけないよ、スクアーロ」

「そういうことは一度でも伸びてみせてから言え」

「うっ……」

反論不可能。

確かに……俺は一向に伸びない腐った芽だ。

スクアーロの指導が悪い、というわけではないと思う。

言っていることはわかるし、的確なのだから。

リボーンのように痛めつけられるような仕置きもない。

いいんだよ。すごくいい!

ダメなのは……覚えの悪い、俺の運動神経と反射神経だ。

自覚があるからこそ、自己嫌悪が一層酷い。

「……昨日、アルコバレーノ…お前の家庭教師と話したんだがな」

「!?リボーンと!?」

いつの間に!と、思わず叫んでしまっていた。

だって、護衛も兼ねているというスクアーロは、寝食を共にするどころか四六時中傍にいるのだ。

リボーンとの会話など、俺は知らない。

「銭湯で、な。お前がもたもた髪乾かしてる間に電話があった。お前に聞かすと絶対に嫌がる内容だったから、黙ってたんだが…」

マジですか。

つうか……なんでそんなにタイミングを計って電話がかけられるんだリボーン。

俺の直感よりよっぽどすごいものを持ち合わせてるんじゃなかろうか。



「あいつが言うには…………人間、痛みと共に経験させた方が、覚えがいいそうなんだが……」

スクアーロの視線が、ミラー越しに俺へと注がれる。

………いや、ちょっとまて。

「今まで、そういう罰やら傷やらを受けて、お前は成長してきたらしいなぁ」

嫌な予感が、てんこ盛りなんですが…。



「つうことはよぉ…お前………



マゾなのかぁ?」



「ちがーーーーーう!!!!」



瞬殺。

間を置かぬ切り替えし。

自分でも見事な打消し具合だったと思う。

そんな、そんな、恐ろしいことを……認めるわけにはいかない!!

「でも……なぁ?」

「ち、違うったら違う!そんなとんでもないこと真に受けないでよスクアーロ!」

「だが、残された時間を有効に使いたいんだったら目の前に罰をちらつかせて煽れって、アルコバレーノが言ってたぞぉ」

よ、余計なことを…!!

「あ、あの、いや、それは、こまるっていうか、やだっていうか…」

「……まあ、試してみる価値は、あるよなぁ?」

「え。ええええ!?ちょっまっス、ススススススクアーロさん!?」

カチ、シュルっとシートベルトを外してしまったスクアーロが、上体を俺の方へ傾けてきた。

覆いかぶさるように、俺の座席の両脇へと手を置いて。

「ツナヨシ」

「は、はいぃ!?」

顔が、随分、近い。

こんなに間近で彼の顔を拝んだことは未だかつてなかっただろう。ああ、ないだろう。

うわ…睫毛まで銀色だ。

俺の身体を挟み、押さえ込むように拘束してきたスクアーロの顔は、どことなく真剣だ。

え、ちょ。なにこの状況!

「あ、あの……ス、スクアーロ?」

「ツナヨシ………」

スッと瞳が細まる。

な、なんか…!こんなに真摯に見つめられると、同じ、男、なのに…何故だか顔が熱くなってきてしまう。

端整、というよりは鋭いスクアーロの相貌。

かっこいいか、悪いか、という分類では確かにかっこいい分類に入るのだろう。

あの、本当に……この近距離は……やばすぎる。



「え、えっと…何、を……」



「ツナヨシ………お前……

























野球拳って知ってるかぁ?」



















は?



「やきゅう、けん?」

「ああ。ジャッポーネの伝統的な羞恥心を煽るゲームなんだろ?」

知らねえのかぁ?とスクアーロが首を傾げる。

いや、え、あの…えっと、つまり、あれ?

じゃんけんをして、負けた方が一枚ずつ服を脱いでいくという、アレのこと?

「え………あの、え?」

どうしよう。妙に直感が冴えてしまったのですが。

嫌な予感で胸いっぱい腹いっぱいなのですが…!







「……脱げ」







「は、え、はぁあああ!?」

「失敗するごとに、俺がお前の衣服を一枚ずつ剥いでいく。それが嫌なら、きっっっちり運転しやがれぇえええ!!」

「ぎゃ、ぎゃぁあああ!」

ガバっと腕を広げたスクアーロが俺の上着に手を掛ける。

うわあ!こいつ本気で脱がす気だ!

「とりあえず一枚だぁ!全裸が嫌ならしっかりしろよぉ!」

「あ、ありえないぃいいいい!!」

そんな、もし!もし素っ裸で運転席に座っているところを誰かに見られたりなんかしたら……俺、ただの変態じゃん!

やばい!これはやばすぎる!!

「勘弁してよスクアーロ!」

「うるせえ!だったらお前がちゃんとしろ!!」

運転さえできりゃ、脱がしゃしねえんだからよぉ!と高らかに言い放つスクアーロの唇は意地悪そうに弧を描いている。

ああ、なんだかんだで楽しんでいる…。

あれよあれよのまま、「お許しくださいお代官様〜」の一言もなく、俺の上着は後部座席にポイと投げ捨てられてしまった。

「さあ、天国か地獄か。楽しいドライブの始まりだぜぇ?」

うわあ…すごくいい…悪辣な笑顔ですねスクアーロさん。

ハンドルを握る手が震える。

寒さだけが理由ではないことを、しっかりと自覚できてしまうから…悲しい。

ううう……お嫁さんもらえなくなったらどうしよう。

ぽつりと呟いたその一言に。

「そうなったら、俺が嫁にもらってやるから気にするな」

などとサラリと言ってのけるから!

ほら!

またエンストしたじゃんかぁ!!!



俺が全裸に剥かれるまで……あと、どのくらいなんだろう。



「ちょっ!いきなり下はないでしょ!!」

「うるせえ、この世界(車内)では俺がルールだぁ!」







ドライバーズ