*元にした童話は「星の金貨」です。…ごめんなさい。
貧乏、なんてもんじゃない。
これは極貧だ。
今度はなんの事業に失敗したのか、ある日突然「お前の両親は死んだ。借金返済のために家、家財、ありとあらゆるものをもらっていく」と黒服の連中に告げられたのだった。
ありえん。
まずあの親父がそう簡単に死ぬわきゃない。
母さんと一緒にどこかへ雲隠れしたのだろう。
その際に俺を忘れたのか、わざと残したのかは理解しかねるが……一つだけよーくわかることがある。
このままだと俺は……死ぬしかない、ということだ。
星の世界
住むところも、着替えすらもない状態で、俺は押し入ってきた男たちによって家の外へ放り出されてしまった。
呆然としながらも俺は、あらゆるものに差し押さえ札が貼り付けられていく様を見届けていて…。
まるで漫画のようだ、と頭の中の妙に冷えた部分が感想を述べた。
絵に描いたような差し押さえだ。
あー……俺の家。
帰る場所も、あったかいご飯も……思い出の数々さえも奪われていく。
だが、不思議と心は折れていなかった。
何故かって?
……情けないことに、初めてではないからだ。
「とりあえず……公園で生きていく、かな…」
父さんがうまく逃げ延びていれば、海外にいるという金持ちの知り合いからお金を借りてくるか、いただいてくるかするだろう。
それまでどうにか生きていければいい。
実際、前回がそうだったのだから。
あまりにも突然のことでポカーンと口を開いていたものだから、何もかもを失って絶望しきっているのだと勘違いされたのだろう。
黒服の男の一人が、パンとお茶を恵んでくれた。ありがたい。
これと、今来ている上着とジーンズだけが、俺の所持品。
失敗したなぁ。財布も持って出るんだった。
とにかく、公園だ。
あそこならトイレもあるし、草だって生えてる。食える。
最低限の暮らしはなんとかなるだろう。
さらば平凡なる人間の生活。
ん!と気合を込め、俺はさっさと自宅(だった建物)に背を向けた。
感慨なんぞに浸る時間があるのなら、地面に落ちている小銭を探した方がよっぽど有意義なのだから。
「うう……困った…」
公園への最短経路を行くために住宅街を歩いていると、奇妙な子供に出会ってしまった。
全身をすっぽりと覆うようなフードマント。
足先から覗くパンツ。
幼児らしい小さな手に至るまで。
黒黒黒。真っ黒な衣服を身に纏っている。
目元までしっかり隠すフードを目深にかぶっていて…怪しいことこの上ない。
…加えて。
「困ったね……ファンタズマ」
頭上に乗せた…カエル?に話かけているではないか。
アスファルトの地面にペタリとしゃがみこみ、途方にくれた様子で空を仰いでいる。
………どうするか。
素通り………できれば、苦労はしないんだよなぁ。
「あの…どうしたんですか?」
だって、まだ小さな子供だ。
子供が途方に暮れた様子で地面に座り込んでいるなんて…放置しておけるわけがないだろう。
「ん?なんだい君は」
「あ、いや……何か困ってるみたいだったから…。俺で力になれることがあるなら、なんでもするよ?」
前回の両親失踪の際、俺は、食べ物を持ってきてくれたり、時折泊めてくれたりする友人にたくさんお世話になった。
道行く人から飲み物やパンをもらったこともある。
助けてもらえる暖かさを知り、差し伸べられる手の心強さを知ったのだ。
だから。
誰かが困っていたら、俺もやれる限りのことでその人を手助けしようと誓った。
俺に出来る全部で、何かの足しになることが出来ればと……。
「よければ、話を聞くだけでも……一人で考えるより二人で考える方が解決策がみつかるかもしれないし」
ね?と首を傾げながら子供の顔を覗き込めば、子供は「ムっ」と顎を引きながらも俺へと身体を向けてくれた。
「ちょっと道に迷ってね。力を使えば一発で滞在先に帰れるんだけど……おなかがすいて力が出ないんだ」
力ってなんだ、というツッコミはしない方がいいのだろうか。
とにかく、あれだ。
「おなかがすいてる、ってことだよね?」
「そうさ」
「何か食べれば解決するってこと、だよね?」
「まあね」
なるほど。
それならば、実に簡単な解決策がある。
「じゃあさ、よければこのパンとお茶…食べなよ」
元気になった子供が何の手品なのかさっと消えてしまったのを見送ってから、気を取り直して歩き出した俺は、辺りをキョロキョロと見回していた。
食べられる雑草を探しているのだ。
犬のマーキングや汚水にまみれていないような……綺麗な採取場所を見つけておくと後々楽だから、ね。
地面やら塀の脇やらを入念にチェックしながら、公園へと歩みを進める。
と。
「わっ!」
「きゃっ!」
前方不注意。人にぶつかってしまった。
「ごめんなさい!ちゃんと前見てませんでした…!」
「あらあら。でも私も人のこと言えないわ。好みの男を探してふらふらしてたから。ごめんなさいね〜」
……俺は思わず動きを止めてしまっていた。
しなやかな女言葉を操る声音。
俺より高い身長に、スーツの上からでもわかる適度に隆起した筋肉。
目元をサングラスで覆った特徴的な髪型のこの人は……どこからどうみても、男、で。
「あらーでも困っちゃったわねー」
くね、と腰を捻り、しなを作る様は……世に言うオカマさん、なのだろうか。
「え、あ、どうしたんですか?」
「んー…身体が冷えてきちゃったからカイロを入れてたんだけど…今の衝撃で、ほら」
「あ」
排水溝に使い捨てカイロが落ち込んでいる。
泥にまみれて汚れているから、もう使えないだろう。
「ちょっと風邪ひいててね……辛かったんだけど」
だったら出歩かないでください。
「まあ、今から部屋に戻ればいいだけだから。気にしないでちょうだい」
「あ……あの!」
カイロはない。買ってあげることもできない。
けれど、熱を出した病人を放って、はいさよならなんて、できなくて。
「もし迷惑じゃなかったら…俺の上着、使ってくれませんか?」
渋っていたオカマさんを説き伏せて、いずれ必ず返すからね!と念を押す背を送りだし、俺は再び歩き始めた。
上着がなくなり、半そでシャツ一枚になってしまったけれど……まあ、三月だし。
耐えられないことはない。
角を曲がる。
徐々に傾く陽はどんどん早さを増して地に沈んでいくところだ。
夕焼け小焼けののどかな空気が、俺を穏やかな気分にさせてくれて――
「うわー!さーいーあーくー!」
いたところを、なにやらとても不機嫌そうな声が遮ってしまった。
信号の付近。
金髪に黒のコートを着込み、頭に…冠?ティアラっていうんだっけ?を乗せた男の子が叫んでいる。
「王子のパンツ、破れたんですけどー!ありえねー!こんなのダサくて戻れないじゃんっ!」
どうやら脇の方に所狭しと並べられた放置自転車のひとつにパンツを引っ掛けたようだ。
膝の辺りが少し裂けてしまっている。
「どうすっかなー…とりあえずそこら辺の店に入って買う、かー?めんどーだけど」
「ええ!?もったいない!!!」
…しまった。思わず声を荒げてしまった。
「なにお前?」
「いや、あの……ってことは、そのパンツ、捨てちゃうんですよね?」
「あったりまえじゃん!こんなの二度と着れないし。それに、破れたのなんかでホテル戻れないしー」
破れているとはいえ、俺からしてみれば小さな穴だ。
大きさは大体一円玉程度の穴。
生地もなかなか上等で暖かそうだし…。
「あ、あの……ご迷惑を承知で、言いたいことがあるんですけど……」
先ほどの男の子をなんとか説得し、捨てずに持ち帰ることを勧めた俺は、なんとまあ、俺自身が穿いていたジーンズを差し上げてしまっていた。
どうしても破れた姿では帰れないと言い募るものだから、じゃあ俺の履いて帰ってください!と半ば強引に押し付けてしまったのだが……あれは大丈夫だったのだろうか。
だって…だって、繕えばまだ使えるし…!なんなら俺が欲しいくらいだよ!
まあ、もう公園も間近だったし、履き替えたら返しに来てくれるって言ってたし。
しばらくならいいだろう。
ペンギンを模った滑り台の穴の中で、俺は膝を抱えていた。
食べ物を譲り、上着を与え、ズボンを貸してしまった俺には、下着しか残っていない。
…これを脱ぐと、さすがに犯罪だよなぁ…。
「う゛お゛ぉい!!お前…ほんっとうにバカだろぉ!」
どうしようかなーと膝に額を押し当てていた俺の背に、大きな叫び声が叩きつけられた。
びっくりして肩を震わせながら、おそるおそる振り返る。
と、そこには。
「おい、出てこい!せまくて入れやしねえ」
…最初の幼児と同じような黒尽くめで、オカマさんと同じような上着を着た、金髪の男の子と似たパンツを穿いた……男の人が立っていた。
ちらちらと視界を過ぎる銀髪は、風になびいて波うっている。
「あ、あの……」
「お前に用がある」
だから、ほら、と差し出された手に、思わず掌を重ねてしまっていた。
確かな力で握られる指。
……ああそうだ。差し伸べられる手。
人のぬくもり。暖かさ。
手袋越しだったけれど……この人なりの暖かさを感じ取ることが出来た。
「よし。……お前、沢田綱吉、だろぉ?」
「え……」
ペンギンの腹から外界へと戻ってきた俺を見下ろして、男の人はふと目を細めた。
俺の名を、知っているのか?
「――なんで」
「ん?ああ、まあなぁ……と、その説明をする前に。さっきはうちの奴らが世話になったなぁ」
つうか、お前お人よしすぎるだろぉ。と苦笑混じりの笑みが俺へと向けられる。
「え…あの、うちの奴ら、って…?」
「パン、上着、ズボン。お前、躊躇なく手放しちまうんだもんなぁ。その気質は天然記念物級だぜぇ」
なあ、と口角を吊り上げる様は、意地悪さを持ちながらも感に触ることもなく……むしろこの人の性格を表しているようで、好ましい。
なんだろう。どこかで……。
「ボスが笑ってたぜぇ。物に対する頓着がなさすぎで、いっそ人間らしくないってなぁ。ボスはボスで、人のこと言えねえくせによぉ」
くつくつと喉の奥を鳴らしながら、男の人が俺との距離を一歩つめた。
辺りはすっかり夜の気配。
きらきらと瞬く星屑は、まるでこの人の髪の毛の一本一本のようだ。
俺と視線の高さを合わせるように、男の人が中腰に屈む。
そして、両肩に掌を副えて…。
「合格、だそうだ。お前を迎えにきた」
ふ、と困ったように、微笑んでくれて。
「お前の親父は今、金集めに奔走してるからな。お前の身は俺が預かることになった」
そして、ヴァリアーに置く以上、平凡な人間では精神的に保たないだろう、という九代目の配慮から……今回の事態に発展した。
そう説明されても、俺には何がなんだかわからない。
「XANXUSは笑ってやがったが、九代目は大層褒めてたぜぇ。喜べ、俺がお前のパトロンだぁ」
不自由はさせない、と言い切る目は何故だか少しだけ真剣で…。
まるで…そう、まるで……。
「俺はお前がちっせえ頃から、ずっとお前を見てたからな」
まるで……。
すっと伸びてきた指が俺の顎を捕らえる。
軽く上向かされながら、近づく顔に、『睫毛まで銀色なんだぁ』と妙な感慨を覚えつつ。
頬にくすぐったい熱を感じた瞬間から、俺の世界は色とりどりに染め上げられ始めたのだった。
スクアーロと名乗る彼が『沢田家光の子』である俺を影ながら守護し、見守ってくれていたことを知るのは、もう少し後の話。
星の世界
パープル様、リクエストありがとうございました!