シーン3.山の向こう ※女体化注意
中央アジア。
カスピ海を臨む地方都市へ。
山を越え、谷を抜け、延々揺られる馬上にて、次第にドッドッと唸り始めた心音を宥めるべく、耳飾りへとそっと手を伸ばす。
シャラシャラとなる耳慣れた音に心を落ち着かせながら、ツナは伏せていた瞼をそっと開いた。
母の手によって生まれた頃から始められた刺繍は、自身を飾り、隠す、大きな隠れ蓑のよう。
重ねられた衣装。首飾りは赤石の連なりと、青銅。頭から手首、足首までも見事に刺繍された布、布、布で飾り立てられた姿はまるで己のものではないかのように手足を冷たく固く重くさせる。
兄妹や両親と別れた寂しさにスンと鼻をすすりながらも、ぎゅっと噛みしめるしかない唇が、母の手により塗られた紅でヌルリと滑った。
血のつながりはあれど、これからは別々の家の人間となるのだ。険しい道程のため、容易に会いにいくこともできない。次に会うことがあるならば、今生の別れの時になるのやもしれなかった。
それでも、行くと。最後に決めたのはツナ自身だった。
繋がりを築いておいて悪い間柄ではない。むしろ、出来の悪い自分を受け入れてくれた相手の家に感謝せねばならないとすら考えている。
女としてのたしなみである刺繍、パン作り、家事や炊事すら満足にできぬどんくささは村一番と揶揄されて、もはや身近では嫁ぎ先が見つからなかった。
苦肉の策として族長から出されたのが、遠縁との縁談。もはや厄介払いにも程近く、どうやら自分の不得手な部分を相手に伝えていないのではないかとさえ思う。
スン、とまたひとつ鼻をすする。
うまくやらなければ。
せめて、少しでも役に立たなければ。
どちらの顔をもつぶすわけにはいかない上、万が一相手の家から追い出されてしまえば、行き場を失ってしまうも同然
。露頭に迷った女の行く末など…… 考えられようはずもなかった。
母さんは最後まで心配してくれたけれど……。ぎゅっと手綱を握り締めて、道を急ぐ。
陽が暮れてしまう前に辿り着かなくては。
族長の命令により、随伴はたった二人、道案内の男と世話をしてくれるその妻のみ。
彼らとて、相手の家に着いたならばすぐさまとって返すようにと命が下っている。
本来ならば親族の列が大きく続く嫁入りの一団は、その縁を軽んじるが如く侘しく寂しいものだった。
以上、本文より一部抜粋(ページ編成・改行はHP用に再編しています)