Gymnopedies






綱吉はスクアーロの上体に己の両腕をぴたりと纏わせ、曲にあわせてゆったりと揺れている。

一定のリズムで、幅で。情を交わしたあとの甘えを示し、男の太腿付け根間近に横座りになって。

男の方は顎を綱吉の肩に沿わせ、その体は両腕に囲ったなりで、穏やかに鍵盤を叩いていた。

ジムノペディを弾いてよ。

ドン・ボンゴレが情事のあと、睦言代わりに囁いたのはその一言だった。

スクアーロの義手は、作り物と思わせないほどの繊細さでピアノを響かせた。

キィを叩いた瞬間の確かさ、直後豊かに残る余韻、そこにまた重なる音、音、音。

目に見えない黄金色の踊り子達が、部屋のそこかしこで泡沫のごとく生まれ、たゆたい、消える。

「……ピアノ、本当に弾けるんだ」

自身の肩の窪みから聞こえたささやかな声に、スクアーロはくくっと喉の奥で笑ってみせた。

「こんな形でも一応坊ちゃんだったからなぁ。ピアノも弾ければ人も殺す」

怖いか、と綱吉の耳元に囁いてやると、全然、と青年は言葉を返す。

「どっちもスクアーロだから。怖くないよ」

黒いストレートなタイトジーンズ、というボトムは穿いただけ、シャツに至ってはかろうじて羽織っただけ。

ここに誰か入って来ようものなら、二人が何をしていたかなど一目で分かってしまう。綱吉はスクアーロの長髪を指先に絡めて弄んでいた。

「あー……ソファ、どうしよう…………」

「気になるなら後で俺が潰しておいてやるぜぇ」

任務が終わり、報告を終えたスクアーロは、手近なこの部屋に綱吉を引きずり込んだ。

抑えきれないのだと、彼はいつか言ったことがある。

殺す興奮と性交の興奮が綯い交ぜになってしまうのだと。だから綱吉も特に咎めはしなかった。

彼は一度血の臭いを流して来たらしく、そこだけは奇妙に律儀な人だ、と長い付き合いでも思ってしまう。

綱吉が嫌うものを、排除しようと努力はしているのだ。

入ったのはこの屋敷には珍しく風通しが悪い、空気も温まった部屋で、グランドピアノがカヴァを被ったまま置かれていた。

しかし、部屋の丁度など気にせず、二人はおかまいなしに恋人の体に没頭した。

大きめのソファに至るまでに服が乱雑に脱ぎ散らされている。

その最中にもキスをして、半ば体を抱き上げられた形の綱吉の顎にはだらしなく唾液が流れた。

耳はとっくに男の言葉に支配されている。

もう、どんな姿勢にも慣れた。羞恥心というものは存外簡単に捨ててしまえる、とソファに投げ出された綱吉は酸欠状態の上の空で思う。

スクアーロの手が自分の片脚をソファの背に持ち上げ、乗せたままの猥褻な姿勢にするともう何も出来ない。

与えられる快楽、二人分の汗、少ない会話、体に食い込む熱。

何度目かの行為の後、しっかりと鍛えられた体が綱吉を抱き潰すように落ちて来た。

脚をソファの背から下ろして男の腰にからませ、震えている指先で白銀の長髪を梳き流す。

汗ばんだ皮膚が融けあったようになり、快感と不快感の区別が分からなくなるのもこの時だ。

お互い息も荒く、碌に会話も出来ない。ただ、普段より幾分潤んだ眸だけが雄弁になる。

『ピアノ、弾いて』

そこで口を開いたのは、珍しく綱吉だった。大概はスクアーロが某かの軽食と飲み物を用意するのだが、今回は要らないと言う。

『ベルに聞いたんだ。XANXUSやディーノさんにも。ピアノ弾けるって。だから、ジムノペディ弾いて。…実はね、獄寺君も弾けるんだけど』

『……んじゃ奴に弾かせろぉ』

俺は、スクアーロが弾くピアノが聞きたいの。

意図せずしてしたたる、甘えを含んだ囁き。

ほら、ちょうどピアノもあるから。駄目?

事を終えた後特有の気怠さを纏い、綱吉はピアノを指差す。

どっしりとしたカヴァをかけたピアノ。調律すら怪しいものだが、一応ジーンズだけを穿いたスクアーロが鍵盤を叩くと、研磨した水晶のシロフォンのように澄んだ音がした。

面倒ながらもう一度服を脱ぎ、綱吉と共に適当にシャワーを浴びて、タオルで乱雑に水気だけ拭う。

綱吉もボトムを穿き、スクアーロと自分の分のシャツを持って来る。

「風邪ひくよ」

渡されたシャツを無言で羽織り、ピアノの屋根を適度に開いて突き上げ棒で固定する。

そこで椅子に座ろうとすると、綱吉が当然と言った風にスクアーロの膝に座った。

しかも、真正面に。紅茶色の瞳は未だ瑞々しい。

「ねえ、このままの格好でも弾ける?」

「……弾ける」

よかった、俺、スクアーロのこの部分好きなんだ。

そう言って彼が頭を預けたのは肩の窪み。腕と胴体を繋ぐ箇所。

そういや、よくここを腕枕にしてしてやがった、とスクアーロは思い出す。 

子守唄めいたジムノペディ。

「……弾いてて、ずっと」

「…………ああ、」

肌と肌を合わせたまま、二人で揺れ続ける。綱吉はスクアーロをあやすように揺らし、スクアーロは綱吉を癒す為だけにピアノを鳴らし続ける。

この世界に存在し得ない、永久運動を造り出すかのように。

泡沫、黄金の踊り子達。

「ジムノペディって、人生そのものみたいに聴こえる。副題が三つあるでしょ、あれがさ、人生だなって」

綱吉はスクアーロの上体に回した腕に力を込めた。









「ゆっくりと悩める如く」「ゆっくりと悲しげに」「ゆっくりと厳かに」

 ジムノペディ。







-fine-










SyaRiONの香灯さんから頂きました!
本当にもう……言葉では言い表し難い素敵さだと思います。
大好きな小説書き様はたくさんいらっしゃるのですが、香灯さんの文章ほど色気に満ちているものはないな、と。
エロティック、というのとはまた違う、色気、艶気のある文章……うまく言えないところがもどかしいのですが…(字書き失格だ…)
どのお話も、素敵なんですものすっごく!!
本当に、ありがとうございました!!