「………あ?」

夢を見ていた、はず。なのに、突然釣り糸に引き上げられるように、クン、と覚醒してしまった。

やけにさらりと開いた瞼はほのかに熱い。朝? だったらごはん作らなきゃ。寝坊なんてもってのほか。さっさと起きないと。

堕落していた生活を見直して、はや一週間。何もしない、というのはあまりに身体に悪いのだと自覚した俺は、使用人の皆さんにお願いして、家事をさせてもらうことにしていた。

離宮全体のお掃除とか、そういう一人じゃどうにもできないことは手伝ってもらっているけれど、出来る限りの範囲は自分でやってみようかな、と……あまりに暇なので、思いついてしまったのだ。

学業と家事を両立させるのには少しばかりの……いや、それなりに重い苦労を背負うことになったけれど、だからといって嘆くばかりなのは嫌だ。

だって俺の『旦那様』は俺よりも多忙で、顔を見合わせる間すら惜しむように働いている。

それを案ずるというわけではない。……負けたくない、かな。「なんだこの程度か」などと思われるのが癪なのだ。きっと。

「ん。遅刻、やばい」
己に言い聞かせて身を起こす。バサ、と掛け布団を跳ねのけながら。

……けれど。

「……………あれ?」
首を回して辺りを見回せば、カーテンに和らげられた日光が寝起きの身体を包み、暖める……のが、常のこと。

なのに、今日は、というよりは今はそれがない。

「…あー…なんか勿体無い予感がする」
窓から室内に入り込んでいるのは、時計の針が重なる頃、目を閉じる瞬間と変わらない胸が詰まるような夜の気配だ。

と、いうことは。

「まだ……まだ四時じゃん……!」
ベッドサイドの置時計の短針はピッタリ四をさしている。酷い。勿体無い。返せ俺の睡眠時間…!

嘆いたところで、覚めてしまった目をすぐに閉ざせるわけではないのだけれど。

吐息が零れる。沈み込んだ肺の中を空にする勢いで。

唇を掠め、拡散したシーツの上。波打つ真白の海。

やけにすっきりと目覚めを迎えてしまった意識にタイミングの悪さを言い聞かせつつ、そっと足を曲げる。喉がヒリヒリと張り付いているような感触。

こうなったら一度起きて、何か飲んで……また寝よう。

二度寝は必然。いくらなんでも四時から活動を始めちゃったら…夜までもたない。

ただでさえ会えない人を、気まぐれにでも待ってみようかと思ったり思わなかったりする、のに。

「はぁ………ん?」

俺たちの間で足りていないのは密なコミュニケーションだと考えているわけで。

だから、たまには、起きていられるなら、帰りを待ってみようかなーなんていう考えが湧いてしまった、だけ。

それだけだから。うん。

なにやら自分自身に言い聞かせるようにひとつ頷いて、ベッドから降りるべく足をずらした……瞬間。

気付いた。

「っ!……っぐ」

飛び出そうとした声を、力の限り唇を閉じることで封じた。

危ない。

本気で危ない。

思わず喉が詰まって咳き込みかけたけど、それすらも飲み込んだ。どこまで努力家なの、俺。かなり苦しかったんですけど!

でも、そんな苦しさなどくしゃくしゃに丸めてポイっとしてしまえるほどの衝撃がここにある。ここに。隣に。

「はー……はわー……び、びっくりしたぁ…」

視界に飛び込んできたモノのおかげで息は乱れ、心臓はやけに高鳴った。

だ、だって。

わかってはいたはずなのに、それを現実と捉えたのは、今、この瞬間だったから。



どこからか薄っすらと差し込む灯りに照らされて、ぼんやりと浮かび上がる顎の曲線は鋭さの中に円やかさを潜ませていて、鋭利なだけの雰囲気を払拭している。

肌がほのかに発光しているのではと思えてしまう錯覚。

老人の白髪とはまた違う、艶やかさを持ち合わせた銀髪は緩やかに流れ、落ちる水の如くシーツを滑り、漂っていて。

無防備に投げ出された腕。掌は何かを招いているように天を向き……まるで、俺にむかって差し伸べられているようで。

真横。俺の真横で、片頬をシーツに埋めながら、横たわる人がいる。

閉じた瞼はピクリとも動かない。努力のかいがあったというものだ。

「……寝るんだ…」

この人でも。なんて、失礼な考えだろうか。

だって、眠っている姿なんて初めてみた…気がする。

帰ってくるのは俺が寝静まった頃で、起きだすのは俺が惰眠を貪ろうと朝日に抗う時間帯。いつだって、こんな姿に遭遇できたためしがなかった。

だから、眠っていないんじゃないか、なんて、ありえないけれどありえそうだと思ってしまう思考を抱えていたのだ。

今、それは完全に打ち砕かれたのだけれど。

「ありきたりだけど……睫毛長ー…」

起きている時と違い、大振りな動きも脅すような唸り声も上げない姿は、ただただ人の目を惹く麗人…なんていうと大げさかもしれないけど。

でも、この人は見た目はいいはずだ。並より確実にいいはずなのだ。

「黙ってさえいれば、だけどねぇ…」

こんなにも綺麗なのに。

この人が女で、俺が男だったら……確実に距離を置いていたよ。近寄り難い存在だ。滅相もないって感じ。

なのに、性別は逆だけど……俺はこの人と『夫婦』をしている。

変なの。

お互いもっと平凡に生きてたら、一緒に暮らしたり、こうやって寝姿を拝んだり……まして、出会ったりもしなかっただろうに。

住む世界が違う。生活リズムも違う。

けれど、この人は、俺の伴侶で。

まぎれもない、旦那様で。

そこに恋愛感情はあるのかと問われれば……今はイエスともノーとも言い難い気分なのだけれど。それでも。

「好きに……なれるといいな……」

ポロリ。

零れ落ちた言葉が己の鼓膜を震わせた瞬間、俺はハッと目を見開いた。

好きに、なんて……な、ななななんで俺いきなりそんな恥ずかしいこと口に出しちゃったんだろ!

いや、違うよ!?

好き、なんて、そんな、この人ものすごく乱暴な言い方ばっかりだし、足音大きくて威圧感ばっかりだし、すぐ怒鳴るし、唸るし、かと思えば呆れてたり疲れたりして溜息吐かれちゃったり……。

困らせたり、呆れられたりなんて、されたくないのになぁ。

上手くいかないことばっかりだ。

もちろん、嫌いじゃないよ。変にレディファーストな人だから、俺のこともなんだかんだ言って大事にしてくれてるのもわかるし。

けど………。



「…………あれ?」

なんか俺、さっきからこの人のことばっかり考えてない?

思いっきり見つめ倒してるし。

でもさ、なんていうかほら、滅多にないから!

すっごく貴重な姿を観察できてるって感じで、さ!

「うん。うんそう! 珍しいから! 珍しいからだよね!」

またもや己に言い聞かせ、起こしていた身体を再びベッドにダイブさせる。

反動で揺れるベッドのスプリングにも、この人はまったく動じない。どうしたの、よっぽど疲れてるの?

俺のイメージとしては、些細な物音にでも目を覚ましてしまいそうな、気を張っている人だったのに。

「違う、のかな」

本当は、もっと大雑把な人?

それとも……。

「……ま、なんでもいいけど、ね」

新たな一面が見られた。それだけで俺の身体の熱がほんの少しだけ上がる。ほんの少し。本当に、ほんの少しだけ。

頬杖をつき、首を伸ばせば先ほどより間近に迫った精悍な顔が呼吸しているのを感じられた。あーやっぱり寝てるんだ。

ゆっくり、ゆっくりと上下する胸。

…起きてしまえばいいのに。でも眠っていて欲しい。

くすぐったい胸のもやつきがなんなのか、教えて欲しいけれど、見つめていたと知られるのは恥ずかしいから。

矛盾した願いにこっそりと笑みを零しながら、俺はそっと立てていた肘を崩した。

ポスンと頭をベッドに委ね、眠る彼と向かい合う。




たまになら。




たまになら、こうして予想以上に早く目覚めて、普段見られないこんな姿を観察するのも悪くない。





やがて訪れるたおやかな眠りに意識を弄ばれながら、ふわりと微笑う綱吉の姿など、彼は知るよしもなく。



目覚めてすぐ、いつもより傍近くで寝息を立てている妻の姿にびっくりして身体を跳ね上げたスクアーロが呼吸を乱すのはあと数時間後。




『たまに』と言っておきながら、何気にスクアーロの寝姿を観察するのを綱吉が日課にしてしまうのは、更にその後の話であった。











一部抜粋。
私の担当部分はこんな感じでぬるぬる進んでいきます(…)
mingさんの担当された部分だけでもお手にとっていただける価値ありかと思いますので…機会があればご覧くださいませ!
私が書いた部分はとばしてでも、ちぎってでも、引き裂いてくださってかまいません、よ!