「やあスクアーロ」

「……消えてなくなれチキン野郎」

「………」

めちゃくちゃニコニコしながらも何も語らない綱吉は、足払い+腕ひしぎ逆十字固めのコンボを素早く俺に食らわせた。







愛してラリアット。







剣の才を見出され、マフィア関係者の子供が集う学校に放り込まれて早一年。

『しっかり寮生活を満喫してきてねスクアーロ。問題起こしたら叩いて剥いで吊るすから』と想像力を掻き立てる脅しで俺を縛りつけた張本人がまた訪ねてきやがった。

折を見て、暇さえあれば顔を見にくる俺の『保護者様』。

沢田綱吉。御歳二十二歳。独身。ボンゴレ十世。

「ほんとにお前は口が悪いねえ……扱いに困るよまったく」

「どこが困ってんだぁ!毎度毎度迷うことなくプロレス技仕掛けるのやめろぉ!」

「ちゃんと加減はしてるし、お前にかける前に守護者で試して安全性を確認してるから安心して」

「部下をなんだと思ってんだぁー!」

「いいんだよ。骸だから」

「ああ、あいつかぁ…」

あの変態ナッポーなら、いいか。逆に喜んでいそうだ。

「なんか、少し背が伸びた?」

「っ!当然だろぉ!お前と違って成長期だからなぁ!お前なんかすぐ抜いてやるぜぇ!お前の守護者どもも抜いてやる!!」

「うんうん。期待してるよ。超期待してる」

「馬鹿にすんなぁ!」

あははは、と模範的な笑いを貼り付けながら頭をぐりぐりとかき回してくる手が憎い。

また、まだ、子ども扱いだ。

「お前のしけた面なんか見たくねえんだよ!こんなとこ来てる暇があるんだったらさっさと仕事しろぉ!部下どもが泣いてるぞぉ!」

「ん?んー……そうだねえ」

ふと動きを止めた手。

柔く微笑んだ眼差しがどこか霞がかっているかのようで、思わず俺の反抗も止まる。

なんだ。らしくない。

「それよりスクアーロは髪伸ばさないの?」

「話飛びすぎだろぉ!」

「俺は伸ばして欲しいなー。絶対綺麗だよ。艶々してるし銀色だし」

「そして無視かぁ!」

こんにゃろう!

こいつは以前から……いや、出会った時から傍若無人だったのだが、最近特に反抗してしまいがちだ。

本当ならサラリと受け流せばいいもの、なのだろうけれど…。

「ねえねえ。俺のために伸ばしてよスクアーロ」

「ば、馬鹿かぁ!鬱陶しくて邪魔になるだけだろぉ!」

指を差し入れて髪を弄ぶ魔手を振りほどくために勢いよく背を向ければ、ガバリと覆いかぶさってきた身体。

「抱きつくなぁ!」

「つれないなースクアーロ。さっきから俺のこと否定してばっかじゃん」

寂しくて泣いちゃうよー?

などと言いながら耳に息を吹きかけてくるなんてありえねえだろぉ!

「ねえスクアーロ」

「次はなんだぁ!」

「ちょっと俺のこと癒してよ」

「………は?」

「ちょっとでいいから、さ」

前屈みになって腕を俺の肩辺りに回し胸元で組んだ綱吉は甘えるように頭へと顔をうずめていた。

擦り寄る頬の感触が、髪を伝って身体の芯を痺れさせる。

ちくしょう…人の気も知らないで。

時折見せるこの仕草に、俺が惑うなど考えもしないのだろう。

沈むような重みがしばらく忘れられなくなることなども。

出会った時。

運よく俺を拾いやがった糞じじいの紹介で引き合わされた、あの時から。

『初めましてスクアーロ。お前を解き放ってあげる』

お前が一人で生きていけるよう。好きに生きられるように、俺に援助をさせてくれない?

手を差し伸べてきたあいつの姿に後光を見た。

吸い込まれるみたく手を取ってしまったことを、後悔したことは、ない。

あれがこの厄介な感情の始まりなのだったろうと思うと、少しだけ憎くなる時もあるけれど。

「…腰痛くねえのかよ」

「俺はまだそんな年じゃありませんー」

「年なんて…あっという間に過ぎるぜぇ」

「そうだねえ……それもまた良し、だね……」

「う゛お゛ぉい…なんかあったのかぁ?」

一際、ぎゅっと抱きしめてくる腕は、しかしうまく力を制御されていて痛みを伴いはしない。

……なんだろうな。

それはそれで気に食わない。

傍若無人に振舞えばいいのだ。

俺には、俺だけには遠慮などしなくていいのに。

遠慮など……持ち合わせていないはずだろう?

「弱るほど仕事してんじゃねえよ」

「さっきは働けって言ったくせにー」

「ここに来るくらいならもっとちゃんと休養しろっつってんだよ」

「……わかってないなぁスクアーロ」

お前はまだまだ子供だよー。

くすくす笑う声音が離れていく。

重みからも腕からも、俺は解き放たれていって。

「次に会いに来る時には、抱きしめ返すくらいの度胸を養っておいてよスクアーロ。超期待してるから」

「――馬鹿にすんなぁ!」

咄嗟に振り向いて歯を剥いた。







「またね、俺のスクアーロ」







頬に触れた掌が俺を引き寄せ、微かな吐息が肌を掠めた。

と、思った瞬間、空いた方の頬にチュっと。



どうせ気まぐれなんだろう。

俺をからかって面白がっているのだろう。

ああ、だからこいつが訪ねてくるのは嫌なんだ。

今日もきっと、眠れなくなる。



「二度と来るなぁあああ!」

「やなこった」

ひらひらと手を振る綱吉に向かって吼えながら、俺はあいつが振り返らないことを必死で願った。

耳まで真っ赤になっているだろう姿なんて、ぜっっっったいに見せられねえ!!







「楽しそうですね十代目」

「まあね!癒しをもらったから、さ。あと一ヶ月はぶっ通しでも働けるよ」

「ご冗談を、と言いたいところですが……」

「それが現実だから、ね。いいんだよ獄寺君。じゃんじゃん仕事持ってきて!」

「申し訳ございません十代目!俺がついていながら…!」

「いいってば。それより早くひと段落させて、また会いに行こう!って思う方が何倍も気楽だから。スクアーロは、あれが俺の何よりの休養なんだってこと、全然わかってないみたいだけど」

「……お言葉ですが…あんなガキのどこがそんなにいいんですか?」

「ふふ。……どこ、だろうなぁ…強いて言うなら一目ぼれ、かな」

「――は?」

「さあ獄寺君!今日も元気にお仕事お仕事!」

「あっ!十代目!待ってくださいよー!」

「次はラリアットにしようかなー」

「……試すなら、サンドバックにしてください」

無駄に骸を喜ばせないでくださいと、車に乗り込む十代目に切々と右腕が訴えた。







仁王立ちで待ち構えていたスクアーロの髪が少し伸びていたことと、抱きしめた時におずおずと抱きしめ返されたことに、綱吉がドキッとときめかされるのも。

内心半狂乱状態で赤面するのをこらえようと必死になるスクアーロが、綱吉の僅かに赤く染まった頬にまったく気付かないで損をするのも。

あと三ヶ月を経てからの話である。









愛してラリアット。



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