「す、ススススススクアーロぉおおお!!!」

「……ああ?」

「スクアーロ!き、ききききき傷は!?しゅじゅちゅは!?」

「しゅじゅちゅってなんだぁ。お前はついにイタリア語どころか日本語すらままならなくなっちまったのかぁ?『手術』だろぉ。おら、発音してみろ。しゅ・じゅ・つ」

「うるさい!揚げ足とるな!ってそうじゃなくて!怪我!どうなったの!?」

「……お前、ちゃんと目ぇ開いてんのかぁ?見えねえのかよ俺のことが」

「あ……ああ、そっか。手術、成功したから、ここに……」

「ったく……んなことでどうすんだぁ。お前はドン・ボンゴレだろうがぁ!もっと何事にも堂々と構えてやがれぇ!」

「うっ……」



俺はこともあろうに、数時間前、わき腹に直径1センチほどの穴を貫通させた男によって日本語の発音と頂点に立つ者としての心得を懇々と説教されてしまった。





背負い投げ





「大体なぁ…お前があんなとこでぼーっとしてなきゃこんな面倒臭い事態にはならなかったんだぜぇ!」

「う、ん……」

「情報は耳に入ってたはずだろぉ」

「…うん……」

「三日で始末してやるとも言った」

「っ……それは、ダメだって、俺も言った!」

「ああ。おかげで余計な手間が増えた」

「………そうかも、しれないけど…」

「……まあ、十世の勅命だっつうんなら、俺たちも従わざるを得ないからなぁ!それは、構わねえ」

「……うん。面倒はかけたと思う。けど……殺さずに連れて来てってお願いしたことは…絶対に謝らないから」

「ああわかってる。そういう妙なとこに頑固なのは親父譲りだからなぁ」

「と、父さんと一緒にしないでよ!あんな、ダメ親父と!」

「俺が怒ってんのはそこじゃねえ」

「あ……うん」

「何が、理由だぁ」

「……何が、って…なにが?」

「……う゛お゛ぉい…!『なにが?』だとぉ?」

「っ…!あ、あの…スクアーロ……目が、怖い、です」

「なにが、だとぉ!」

「ひぃ!」

「全部言ってやらなきゃ答えないつもりかぁ!」

「だ、だって…!」

「なら言ってやるよぉ!てめぇが!敵対組織が差し向けた暗殺者に狙われてると!知らせてやったのは三日前だろうがぁ!!殲滅報告も捕縛報告もまだしてねえ!!」

「は、はい…!」

「なのに……守護者一人供にも付けず、ほいほい街に下りていきやがったのは何でだって、訊いてんだろうがぁ!!」



清潔に清潔を重ねたように、厳重な白さを宿すシーツ。

黄ばみの兆しも見せぬほど清楚な白の壁。

寝台を支える支柱やベッドヘッドの木目、窓を彩るカーテンの緑によって色彩を得ることが出来なければ、まるで天国のような…地獄のような…無機質な空間に放り出されたような気分になっていたことだろう。

鼻につく消毒薬の臭いが憎らしいここは、ボンゴレが出資している病院の一室だ。

……似合わない、と思う。

ここには似合わない人間が、ここに縛り付けられている。

見えない縄が、彼を――スクアーロを雁字搦めにしてしまっている。

痛みと傷という縄が。



点滴が一滴、また一滴と時を刻むようにスクアーロの身へと栄養素を注ぎ込んでいる。

驚異的な回復力を持ってしても、血の足りなさは簡単には補えないのだそうだ。

その針をも引き抜かんとする勢いで、スクアーロが脳天に突き刺さるような怒声を叩きつけてきた。

拳をベッドに叩きつけたせいで、腹の傷に障ったのだろう。

『ぐっ』と空気を飲み下すような詰まりを見せて、かつ、ひた隠そうとしながら眼光を窄める。



「俺が、あんとき、居合わせてなかったら……!」

「…!」

どうなっていたと思う、と続けられるはずの言葉は、俺に意図と意味だけを知らせて語尾を掻き消していた。

傷が痛むのか、それとも腹立たしすぎて言葉にならないのか。

……そうだ、ああそうだ。

今回の事態は…失態は俺のミスだろう。

そうに違いない。

守護者の誰かを伴っていれば危険を呼ぶ確立はいくらか減っていたかもしれない。

護衛をもっと連れていれば、俺の身も確実に守れたかもしれない。

裏でスナイパーの特定と捕縛、そして依頼者の制圧のために動いていたヴァリアーの…スクアーロの杞憂を誘うこともなかったかもしれない。

…でも。

だとしても。

「それは、違うよ、スクアーロ…!」

スクアーロが居合わせてよかった、などと……今回は思えない。

「なんで……なんで飛び出したりなんかしたのさ…!」

街に下りたのは俺が悪い。

ほどよい雑踏の中、スナイパーが紛れやすく、狙いやすい場所に出てしまったことは俺に非がある。

「俺が撃たれなかったのは…そりゃよかったかもしれないけど…かわりにスクアーロが撃たれて、はい終わりじゃ、俺は納得できない!」

「納得するしないの問題じゃねえ!他に手段がなかったんだろうがぁ!」

よりにもよって俺が立ち止まってしまったのは噴水広場の一角。

遮蔽物が少ない上に、数百メートル離れた時計塔からは直線的に狙える角度。

人ごみを避け、露天のない隅に足を運んだのも悪かった。

油断?そんな聞こえのいいものではない。

俺は忘れていたのだ。狙われているということなど。

「俺が……」

「あ?」

「俺が……俺が撃たれればよかったんじゃん!」

的確に狙いを定めた銃口に俺が気付く間もなく発された凶弾は、そのスナイパーを追っていた銀髪の剣士によって進路を阻まれた。

時計塔と噴水広場の丁度真ん中。

尋常ではない力量で身体を跳ね上げた中空で。

彼の刃で軌道を曲げられた弾丸は、咄嗟に避けることが出来ないような宙での被弾だったため、見事に彼自身の身体を貫いてしまって……。



全て、己の無用心が招いた不始末だ。

俺が全ての非を負えばよかったものを。

むざむざ……しかもスクアーロによって……助けられてしまった。



「スクアーロが…こんな…こんな怪我するくらいなら…俺が撃たれればよかったんじゃんかぁ…!」











頭のどこかで、太くて硬い何かがぶち切れる音がした。











「――!」

勢いをつけて上体を跳ね上げたせいで、穿たれたわき腹を右から左に鋭い針のような刺激が突き抜ける。

が、そんなもの知ったことではない。

拳を振り上げたのをしっかりと視界におさめたのだろう。

ぎゅっと目を瞑るクソガキを見やりながら、俺は握りしめた指を解いた。

殴る?

誰がそんな馬鹿な真似するか。

殴るだけの労力が無駄だ。もったいない。

どこまでも愚かな子供のために、残り少ない余力を割いてやるだけの価値があると思うか?

思う、わけがない。

こんな……表面上だけで他人を思いやるフリをするような、馬鹿に対してなど。

空気中に解放された指は決して力が抜けて方向性を見失ったわけではない。

まっすぐに、伸びていく。

奴の襟元へと。

衝撃が頬や頭でなく、首元の布地に集中したことが奴の驚愕を引き寄せたのだろう、思わずといった様子でパチリと開いた目と視線が絡み合う。

眼球の裏が熱い。

……ああ、そういえば。

こいつに触れるのも随分と久しい。





なんて、甘みに浸るわけがねえ!!!







「だらぁあああ!!!」

「え!へぇ!?…っお、ぎょ、ぎょええええ!?」



握った襟を手繰り寄せ、更に反対の手で奴の腰もと辺りのシャツを引っ掴んでやれば、おかしな声を発しやがった。

が、そんなものはどうでもいい。

精々色気のない悲鳴を発していればいい。



身を反転させ、掬い上げるように腕を掲げ、引き寄せる力の流れに乗る。

前傾姿勢から勢いを殺さないままに腕と背を丸め、前へ。

背から、前へ。

つまりはなんだ。

ようするに。



背負って投げた、わけだ。

柔道、だったか。

下半身に力を入れにくい体勢だったため大分無理をし、体に負荷をかけたが……傷が開かなければなんでもいいだろう。

「ごっほっ!かは!はっはっ!」

ベッドとはいえ全体重をかけて投げ、叩きつけたがために肺を圧迫されたのか、激しく咳き込むガキが今、俺の眼下にいる。

…さて。



「う゛お゛ぉい」

「は…は、い」

「痛いかぁ!」

「い、たい、ですよそりゃあもう!」

「ならこれで折半だ」

「……へ?」

「俺が負った痛みと、お前が受けた痛み。これであいこだっつってんだろうがぁ!」

「ちょっ!そんなの痛みの度合いが全然違う…って!イタイイタイイタイ!なんで枕で叩くのさー!逆ギレ!?」

「切れてねえ!いいかぁ!お前はお前自身の重要性をまったく理解してねえんだよそれが非常にムカツクぜぇ!」

「キレてんじゃん!」

「あの時、俺が盾になってなきゃなぁ!お前は死んでただろうがぁ!」

「!!そ、れは……そうかもしんないけど」

「お前が死んでも、俺は死なねえ。後追いなんてクソつまんねえこと絶対にしねえからなぁ!」

「それも、知ってる、けど」

「お前がいない世界で、生きてかなきゃなんねえんだよ」

「俺がいなくなったって……きっと何も変わんないよ。ボンゴレはちょっとやそっとじゃ揺らがない巨大組織だし、九代目だって、XANXUSだって、リボーンだって、いるし」

「そうだぁ。お前が死んだとしても、それを受け入れて世界は流れていく」

「…うん」

「お前がいないことが、当たり前になっていく」

「うん…」







「そんな………穏やかな棘だらけの世界で…俺に生きていけっていうのか」

「!」







畳み掛けられる言葉の雨に目を逸らし、波打つシーツへと視線を泳がせていた俺に向かって、やけに低い声音が振り下ろされた。

仰向けになった俺の身体を縫いとめるかのように覆いかぶさるスクアーロへ、思わず顔を引き戻してしまう。

瞬間、ゴツンと肩甲骨に当たる重みが声なき言葉を脳裏に響かせた。

『見るな』と。

肩口に押し当てられた額。

おかげで、語るスクアーロの表情は一切読み取れない。

「自分が撃たれればよかった、って言うのはなぁ……自殺願望と同義なんだぜぇ」

「スクアーロ…」

「死にたいのか、お前はぁ…!」

「ちが…違う!死にたくなんか、ない」

「じゃあ、もう二度と、自分が撃たれればよかっただなんて言うんじゃねえ…!」

「………だって…!」

「なんだぁ…?これ以上くだらないこと言いやがったらタダじゃすまさねえぞぉ…!」

「だって!スクアーロが、怪我、したじゃん!」

「俺はいいんだっつってんだろぉ。慣れてる」

「いくない!いくないんだって!だって…今日、は」

「あ?」

「スクアーロの、誕生日、じゃんかぁ…!」

「………ああ。だから、どうしたぁ」

「どうしたって…!だって、折角、お祝い、の、日、だったのに…!」

「……なんでお前が泣くんだぁ」

「ごめん、なさい。俺のせい、で」

「…っこのくらい、どうってことねえんだよ!」

ぐっと重みを増して押し付けられた額の温かさと感触で、スクアーロの存在を改めて思い知る。

お祝いの日だったのに。

一年に一度、俺が手放しに祝ってあげられる――祝うことを許される日だったのに。

ボロボロと出したくもない水分を目から垂れ流しながら、縋るように伸ばした手でスクアーロの背を抱く。

「いつまでも泣いてんじゃねえ!シーツが汚れんだろぉ」

言いながらもゆっくりと、一定のリズムで叩かれる掌が言葉と裏腹でおかしい。

やけに強く響く脈動が、こんなにも暖かいのだと思い知るのは何度目だろう。

胎動のように。

鳴動のように。

俺の皮膚を揺らすスクアーロの心臓の音に耳を傾けながら、疲労感と息苦しさから解放された反動からか、筋肉という筋肉から力が抜けていく。

「お、おい」

鼻腔を包む緩やかな空気に、瞼が重く下がっていった。

ああ、なんだろう。

疲れた。

なんか、どっと疲れた。

「う゛お゛ぉい!目ぇ瞑ってんじゃねえぞぉ!寝るなぁ!うおあ!涎垂らすなぁ!」

真上から、わざとらしく騒いでくれるスクアーロの雑音も、今は真綿のような子守唄だ。

緊急手術が施されている間、張り詰め続けていた緊張の糸を、やっとたるませることができたのだから。

「第一、まだお前が勝手に出歩きやがった理由を聞いてねえだろうがぁ!」

……ああ、そうだっけ。

でも、今はちょっと寝かせてください。

後で……後で、多分、言う、から。

誕生日のプレゼントを探すために、内緒で出かけただなんて、こっ恥ずかしくて呆れられるようなこと、言えるまでに羞恥心が収まった頃を見計らって、から、ね。

いつになるかは、わからないけれど。

「う゛お゛ぉい…!おまっ………ったくよぉ…」

怪我人ベッドで寝るのはありなのかぁ?とぼやくスクアーロにこっそり口端を上げながら、斜面を転がるように、俺は安眠の淵へと落ちていった。







全治二週間を言い渡されていたはずのスクアーロが、様々な襲撃…もとい、ボンゴレ一同からのお見舞いを受け一ヶ月もベッドから離れなれなかった、というのは、スクアーロにとっては忌まわしき事態だったようだけど、俺にとっては会いたい時に会いにいけるという、なんとも複雑ながらに喜ばしい日々であった。



これでは、どちらが誕生日かわからないではないか。



「……言ってろぉ」

「うん。言っとく」



背負い投げ



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