「酷い!酷いです隊長!」

「………」

「俺、信じてたのに!」

「………」

「そりゃあ隊長はお忙しいでしょうよ。Sランク任務を押し付けられた上にたった一人で追い出されて、挙句Aランク任務三つも追加されればなかなか帰ってこられないでしょうよ」

「………」

「だけど…だけど言ったじゃないですか!」

「………」

「信じて待ってたのに…!」

「………」

「一日三十分ずつ待ってたのに!」

「………おい」

「土日はお休みして、一日三十分、三ヶ月間も日課のように待ってたのに!」

「………おいぃ」

「談話室でお茶しながらルッスーリア隊長の作るお菓子貪り食いながら待ってたのに!」

「………お゛おい」

ズル

「約束したじゃないですかぁ!」

ズルリ

「お土産にピザー○のピザ買ってきてくれるって!」

ズッ……ベチャ。







「う゛お゛ぉおおいい!!どこからつっこんでいいのかわかんねえぞぉおおおお!!!」







クレイジーの捕まえてごらんなさい!







「わー!白塗り男が襲ってきたー!はい、ルッスーリア隊長!次!」

「はいどうぞ、ツナちゃん!」

「なっ!う゛お゛ぉいルッスーリアァ!なんでお前がこいつに――ぶっ」

ベシッ!

「さすがねツナちゃん!まったく同じ箇所じゃない!」

「ふふふ……俺だってそれなりに実力ある暗殺者ですよ。このくらいは朝飯前です!」

「………」



こんがりと焼きあがった生地。

屈強な肉体から放たれる泡立て機の規則正しいリズム音。

塗りたくられたクリームとメレンゲ。

白いふわふわは何のサービスなのかほどよい甘みを帯びていて。

顔面。

鼻を中心に丸く、切り取られたように正確に。

「き、さま…らぁ……!」

ズルリ、ベチャ。

二つ目のパイが磨きぬかれた大理石の床へと滑り落ちていく。

白く盛られたクリームの大半を、スクアーロの顔面に残したまま。

「ピッツァならこの国が本場だろうがぁあ!ピ○ーラに頼らずここで食えぇえ!」

「あらスクアーロ、そのツッコミはお願いされた時点でするべきだったんじゃない?」

「聞いてくださいよルッスーリア隊長。お願いしようと待ってたらね、ベロンベロンに酔っ払って帰ってきたんですよこの人っ!」

「あら珍しい。そんな隙をついちゃったのねツナちゃん!小悪魔ね!」

「どこが小だぁ!んな可愛らしいもんじゃねえ!悪魔の中の悪魔だろうがこいつはぁ!」

「そんな!俺はただ食べたくて食べたくて仕方なかったからアジアに出張するスクアーロ隊長にお土産のお願いをしただけじゃないですかごめんなさいって言え」

「誰が言うかぁ!大体○ザーラは日本だろぉ!俺が行ったのはモンゴルだぁあ!」

「遊牧民族と戯れてる暇があるならピザ買ってきてくれればいいじゃないですかぁ!」

「おまっ!モンゴル舐めんなよぉお!」

論点がどんどんずれていこうとする二人の応酬に、ルッスーリアは一人肩を竦めながらクスリと笑みを零した。

「なんだかんだで仲がいいのねえ、二人とも」

「誰が!」

「でしょ!」

「う゛お゛ぉい!認めんのか!」

「というわけで!」

「なにがというわ――ぶっ」

いつの間にか手渡されていたパイをスクアーロに投げつけた綱吉は脱兎の如く駆け出した。

脇に置いていた給仕用のカートをガラガラと押しながら。

「この報復を止めたければ、俺を捕まえてごらんなさーい!」

「………」

顔に張り付く紙皿とパイ。

それを素早い動きで剥がし取り、地面へと叩きつけたスクアーロはギっと睨みを効かせて顔を上げた。

「スクアーロ。あんたそれじゃ何も見えてないんじゃない?」

「………」

いまだにリズム良くクリームを泡立て続けるルッスーリアに指摘され、スクアーロは顔面のクリームを拭い始めた。

目元を拭い、口元を拭う。

もちろん、素手だ。

「…指に付きやがった」

「そりゃそうでしょ」

わざわざ指に付いたクリームを床で拭っている。

ハンカチくらい持ってないのかしら、と半眼になりながらも口を出さないのはルッスーリアの処世術のひとつだ。

「う゛お゛ぉい!綱吉!待ちやがれぇ!」

「あら、ちゃんと付き合ってあげるのね」

「ここならまだしも、他でそんなもん投げやがったら後の始末が大変だろうがぁあああ!」

「動機は地味ね……」

ガラガラと小さくなりゆく騒音を追い、スクアーロが駆け出すのを見送るルッスーリアもまた、歩みを室内へと向けた。

クリームに塗れた玄関ホールを放置し、事前に綱吉と打ち合わせていたコースを辿るべく。

「……ここの掃除は…ボスが気付けばあの子たちがすることになるのかしら」

まあそれもおもしろいわね!と小さくステップを踏みながらフリフリのエプロンを翻して歩みゆく姿を見た者は……幸いにもいなかった。







「なん、なん…だぁ!」

マラソンじゃあるまいし!と嘆くスクアーロの息は乱れてはいないものの、頭部は悲惨なことになっていた。

「くそぉ…めんどくせぇ!」

曲がり角に踏み出す折。

扉を開く折。

背後を振り返る折。

幾度となく投げつけられるパイによって前後ろを問わず頭部はドロドロだ。

白濁に塗れているといってもいい……というのは言い方がおぞましい。

そこまで考えて、スクアーロは駆けていた足を止め、身構えるように腕を掲げた。

……よし、こない。

フ、と息をついて視線を斜め右下へとずらす。

点々と、給水所のように設けられた銀色のカートには綱吉が補給しきれなかったパイが残されている。

こうしてルッスーリアの手引きによって奴はいくらでも追われながらパイを投げつけてくる始末。

「やってられるか…!」

避ければ壁やら床やら天井やらの始末が果てしなく面倒なことになる。

故にほぼ全てを受け止めているわけだが……いい加減耐え切れなくもなるだろう。

チラチラと背を見せる綱吉。

わざとだ。

追ってくることを望んでいるのだろう。

何が目的だってんだぁ…!

捕まえて欲しい?

いや違う。

そんな生易しい考えを持っているのならわざわざパイ投げなんていう面倒な手順は踏まないだろう。

用意するのも、片すのも面倒くさがるに決まっているのだ。

それを、ルッスーリアに協力させてまで実行しているのだから。

鬱憤を晴らしたい?

それも違う。

俺を使って憂さを晴らしたいというのなら爆弾のひとつやふたつでも門扉辺りに仕掛けていることだろう。

手っ取り早い上に負傷した俺を好き放題弄ぶことが出来る、という手段を選ぶに決まっているのだから。

だというのに、それを決行しないということは……。

「何か目的がある、かぁ?誘いに乗ってやらんこともない、がなぁ…!」

クッと口端を引き上げながら、左腕を伸ばす。

ただ乗ってやるのは、癪だ。







ジジ、とノイズが鼓膜を掠めて通信が切れる。

こっそりと仕込んだイヤホンは背中を通してポケットの無線機にコードを繋いでいた。

「準備オーケー…ね」

巡るルートはあらかじめ決められていた。

とはいえ俺はこの屋敷の構造を覚えてやろうなんて気さらさらないから、ルッスーリア隊長に作ってもらった地図どおりに走るだけなんだけど。

「まあ、こんなもんかな」

右掌にのせたパイには、これでもか!というほどのクリームがてんこもりになっている。

散々投げつけたパイと、捕まりそうで捕まらない距離感。

追う者と追われる者。

ぞくぞくするようなスリルではないか。

逃げ回るのはガラじゃないが、攻撃できる追いかけっこならどんとこいだ。

「最後の一撃…!」

わざと踵を鳴らし、足音という軌跡を散らしてたどり着いた扉の前。

鬼さんこちら、足鳴る方へ。

やな鬼ごっこだなぁ、と笑いつつも綱吉は扉に背を向けて身構えた。

隊長の姿を少しでも捉えたなら、滑りこまなければ。

ドスドスと、およそ暗殺者らしからぬ足音が近付いてくる。

もはや隠す気もない、というのはスクアーロ隊長お得意の開き直りなのだろうか。

「だからってわざとあんなにしなくても……って!」

視界の端を、素早く角を曲がったスクアーロ隊長の銀色がよぎる。

後ろ手にノブを捻り、開いた隙間に身を滑りこませ、足で扉を蹴って閉めてしまう。

行儀が悪い?知ったことか。

ペロリと唇を舐めながら構える。

メジャーリーグの投手にも負ける気はないよ、パイ投げに関しては!

ここに到るまでの連投のおかげでこなれてきてしまったのだから。

耳を澄ませば扉越しにも荒々しい床を踏み鳴らす音が響いてくる。

一歩、二歩、三歩。

ああ、ゾクゾクする。

追いかけっこはもう終わり。

さあ、ここからは――。







「だらぁああああ!」

「うりゃああああ!」







ギ、と安っぽい音を発しながら開かれた扉の向こうめがけて。

「くっ…」

「なっ…!」

身構えていたスクアーロは顔を逸らしながら。

不意を突かれた綱吉は咄嗟に瞼を閉じながら。



伸ばした腕は、綺麗にクロスを描いて……。







「………」

「………フン!捕まえた、ぜぇ…」

掌で顔面を拭い去ったスクアーロが、呆然と立ち尽くす綱吉に向かって手を伸ばす。

掴んだ肩には、綱吉の顔面を滑ったクリームが一滴、二滴。

「……補給のパイの数も…計算しておくべきでした」

「お前らしい間抜けっぷりだからなぁ…ご愛嬌ってことにしておいてやるぜぇ」

「そりゃどうも」

フ、と口元に笑みを敷いたスクアーロは、そのまま、肩をトンと突き放す。

追いかけっこは、終わり、だ。

「で?何がしたかったんだぁ」

「……ピザ、買ってきてってお願いしたのに」

「ああ?それは」

「約束したじゃないですかー」

「酔った隙に無理難題仕掛けてくる方に非がないとは言わせないぜぇ」

「でも、約束自体を忘れたわけじゃないんですよね?」

「んなこと言ってもだなぁ……あーあーわかった!悪かったって言えばいいんだろぉ!」

「イタリアにはテキヤキチキンのピザなんてないじゃないですか」

「はあ?」

「俺が覚えてる数少ない日本の味を、スクアーロ隊長にも味わわせてあげようかなーと思ってたのに台無しですよ台無し!」

「はああ?お前、いきなり何…」

「もう!」

バッと顔面にまとわり付くクリームを拭いながら、綱吉は一歩斜め後ろへと下がり、両手を広げた。

開かれる視界に飛び込んできたのは。







「おたんじょーびおめでとーございますー!」







急ごしらえを思わせる、小さなショートケーキしか用意されていないテーブルに、火の灯されたキャンドルたち。

ご丁寧なことに、クロスは洗いたての白。

照明は揺らぐ炎を際立たせるために少し陰っていて。



「たいちょーの帰りが遅いのが悪いんですーバーカバーカ!」



『バカ』をド頭に付け足された横断幕には己の誕生を祝う言祝ぎが。



「――馬鹿はてめえだバーカ」

「なにをー!?」

あらあら、と溜息をつきながらルッスーリアはこっそりと罵詈雑言飛び交う部屋から抜け出した。

急遽追加の任務で帰りが二ヶ月も遅れたスクアーロにしてみれば、誕生日など思ってもみなかったのであろう。

それこそ、二ヶ月越しの祝賀だ。

折角計画し、用意していた手作り特大ケーキを無駄にされ、むくれていた綱吉の心情を教えてやるのはスクアーロには勿体ないわね、と一人結論付けながら。

「ま、こんなのがお似合いでしょ」

あの二人には。

軽く肩を竦めながら、ルッスーリアはクリームの飛び散る廊下を自室へと戻っていった。



数時間後、互いを罵り合いながらも掃除をして回るのであろう二人を想像し、ほくそ笑むのは彼(彼女?)だけの特権であった。







クレイジーの捕まえてごらんなさい!



ミノリさん、リクエストありがとうございました!