夜明けが迫る明星の下、思いっきり吸い込んだ夜気は嫌味なほど肺を清めていった。







クラッシュ/バウンド







澄み渡るほどに清しい空気は、毒された俺の身体にとって痛いほどの冷気を帯びていた。

とぐろを巻くように、俺の芯へと絡みついていく。

月はようやく南の空を渡り、朝もやに溶けかける星々を嘲うかのよう。

視界の果てまで広がる薄闇の晴れ空に、俺は至極満足していた。

よくぞ曇らず今日を迎えてくれたものだ。

真の闇など望んじゃいない。

眩しいほどに星が煌き、月が悠々と帝王の如く平和を謳歌していなければ意味がないのだから。

ビロードの布を敷き詰めた様を思わせる艶やかさでもって、俺は迎えたいのだ。

崩れかけたこの道の先で、あるはずのない希望を掴み取るために。

「………寒い」

どれだけ叫べば、とか。どれだけ泣けば、とか。

考えるのはもうやめた。

そこに意味や道義があったとしても、俺が進む理由にはなりやしない。

境界線への距離が、あともう一歩足りないのならば……たとえ一度後ろに下がることになったとしても。



崩れた赤レンガへと突き刺さる鉄骨が幾重にも重なり、冷たい廃墟を賑わせているおかげで俺の意識は退屈せずにもっている。

砲弾でもぶち込まれたかのような様相の瓦礫達は、元来神に祈りを捧げる場であったはず。

…そういえば朽ちた十字に足をかけて登ってしまった。罰当たりな。

アーメン、ジーザス。祈りはしないけれど。

すっかり崩れ落ちた壁面を踏みしめ、器用に組み合わさった鉄骨の突端に、俺は仮初の玉座を敷いた。

おかげで、俺の身を冷たい冷たい外気から守るものは何一つありゃしない。

腰を下ろしたそこから、ブラブラと足を垂らしてやれば、不用意に触れたレンガのひとつが無様に転げ落ちていった。

角を失い、筋を刻まれ、形を変えながら転落するしかないレンガ。

ああ、それはいつか、レンガでもなくなって。

ただの『石ころ』と成り果てて。

やがて粉々になった彼らは柔らかい大地へと、無造作に生えた雑草の群れへと還っていく。

茂る草から視線を上げれば、薄明るくなってきた空に伸び上がるひとつのシルエットが風に吹かれていた。

たった一本だけ、ポツリと埋め込まれた若木がゆっくりと葉を揺らす。

サワリ、と葉が擦れあう囁きだけが鼓膜を震わせて。

ぽっかりと、下界から浮かびあがるかのように、何もない小高い丘の上。

時代に取り残された教会のなれの果てで、俺は思い切り反り返りながら空を見上げた。

後ろ手に鉄骨へと掴まりながら、普段俺の傍近くにはびこる権力者たちを真似て、偉そうに足を組んでみたりして。

…痛いなこれ。

重なり合った太腿が気持ち悪い。血が止まるんじゃないの。

多大な違和感を感じながらも、俺はその体勢のまま、焦らすように瞼を降ろす。

「……寒いなぁもう…」

秋、という季節は嫌いじゃない。

春の次くらいに歓迎したい、過ごしやすい気候だと思う。

それに、なにより、食べ物が美味しい。

ビバ食欲の秋。

けれど……いかんせん、夜中は寒かった。

「冬用コートでも引っ張り出してくるべきだったかな…いや、あれは重いな。動きづらいのはダメだ」

もっと何か、ベストか何か、簡易防寒的なものを着込んでくるべきだったか。

でも、完全に衣替えをしてしまうには少々不安定な時期でもあるわけで。

黒のスーツパンツに白のワイシャツ。

上着を肩にひっかけるだけ、という昔の雲雀さんスタイルで風に揺られる姿は、傍から見ればさぞ滑稽だろう。

胸元までだらしなく緩められたネクタイをも風に弄ばれながら、俺は少しでも暖をとろうと腕を交差させて擦りつけた。

こんな不安定な場所で前傾姿勢になってみても落っこちなくなったのは、鍛えてくれた家庭教師様のおかげだろうか。

吹き付ける寒さに身体を縮こまらせて、どうでもいいことに思考を飛ばす。

……うん。いいなぁ今の俺。

すっごい生きてるって実感できる。

肌で感じられるよね。

体調管理との戦い?

風邪に負けるなって気分で!







「バカじゃねえのかぁ…」







「――バカですけど何か?」







来た。







突然背後に降ってきた気配と声音に振り返ることもせず、俺はゆっくりと口元に弧を描いていた。















★★★







『十代目が失踪。』

深夜零時。

極秘に伝達された、か細い糸のような情報はヴァリアーの中でも俺とXANXUSのみに知らされた。

文書にも成らず、電波にも乗らず、最も原始的で最も危うく、かつ厳重な方法―――口伝という方法でもって。

ご丁寧にも、現れたのは雨の守護者。

…まあ、妥当なところか。

「で?どうしろってんだぁ」

「まあ、探すのは俺たちでやってるし、今すぐ何をどうしろってことはないんだけど…一応な」

頭を掻きながら笑う野郎は小さく肩をすくめてみせた。

XANXUSの執務室に呼び出された俺はソファの背へ立ったままもたれ掛かり、椅子でふんぞり返るボスに向き合う野郎の横顔を眺めてみる。

有事の際は、か。

命令とあらば動かないわけにはいかない立場ではある、が、さほどの緊急事態でもないのだろう。

危険を孕んでいるのなら…タイセツな十代目のためだ、保険程度の扱いとしてでも俺達を即刻駆り出す可能性は高い。

なのに、それをしようとはしないのだから。

「待機だけしといてくんねえ?」

ボスを見やれば、さも興味なさげに酒を煽っていた。

落ち着きをはらいながらも、低く、遠く、燻る炎を宿す目で、どこか遠くを見つめながら。

「言われなくても、俺達は常時待機態勢だぁ」

答えぬ主に代わって、言祝ぎを。

俺達は真情を捻じ曲げられてでも、ボンゴレに仕えなければならないのだ、と。

そっか、と軽く笑う奴に視線を戻せば、そろそろ戻らねば、と扉に向かうところだった。

敷き詰められた絨毯に足音の全てを吸い込まれながら、幾分早い足取りで進む野郎の心情はやはり、十世に傾けられているのだろうか。

どいつもこいつも囚われやがって。

ふ、と呆れにも感嘆にも似た吐息を零し、去り行く背広の背中を目で追う。

磨きぬかれた金色のドアノブに、指先が触れて。

「なあ、スクアーロ」

ふいに呼ぶ声にも、俺の心はさほど動かず。

「行き先に心当たりは…ないんだよな?」

まるで肯定を望むような、縋るような、情けなくもどこか威圧的な声音に俺の目元は容易く歪んだ。

許されるのならば、思いっきり舌打ちしてやりたいほどに。

「ない」

「……そっか」

邪魔したな。

ひらりと片手を上げて辞する、過保護で欲深な守護者を見送り、俺は思わず体重を半分ほど預けていたソファを蹴った。

ガツン。

鈍い打音だけが部屋に波紋を落とす。

胸糞わりぃ。

「う゛お゛ぉいボス!」

一言、文句を言ってやらなければ気がすまない。

「…………勝手にしろ」

さっさと出て行け、と言わんばかりに鼻を鳴らしたXANXUSはグラスを揺すった。

ガロンガロンと唸る氷が忌わしくもあり、助長にもなり。

「よろしく伝えろ」

「…冗談じゃねえ…!」

クツクツと嗤い混じりに零された小さな声音を余さず拾いながら、今度こそ舌打ちを放って俺はドアノブを乱雑に捻った。







全ての元凶は、忌々しいあのクソガキが、一ヶ月前に放ったあの言葉。















★★★★★





一ヶ月前、金色に、赤色に、青色に、眩く煌くばかりに飾り立てられたダンスホールへ現れたのは、黒の正装が妙に馴染んだ暗殺者だった。

「本当に来たんだ…」

「う゛お゛ぉい!お前が呼んだんだろうがぁ!」

何様のつもりだぁ!と叫んだスクアーロは今にも俺の首を絞めてきそうな勢いで詰め寄ってきた。

相変わらず恐ろしい人だ。

怖くはなくなったけれど。

「来ねえと一生休暇無しだとか無茶苦茶言いやがったのはどこのどいつだぁ!お前だろぉ!」

「スクアーロのことだから休暇なんているか!っていってすっぽかすもんだと思ってたのに」

「俺にだって休みたい時くらいあるんだよ!ただでさえ無休に近いっつうのに…!」

大体、ボスだけで十分なはずなのになんで俺まで…。

ブツブツと、視線を外しながら呟くスクアーロの表情は心底嫌そうだ。

苦虫を噛み潰すってこういうことをいうのだろうか。

「スクアーロにも祝って欲しかったんだもん」

「だもんじゃねえ!いい年して可愛さ装おうったってそうはいかねえぞぉ!それに、なんだって一ヶ月も早めてパーティーなんざ…」

きらびやかに、盛大に。

格式高くありながらも、どこか親しみを持って。

九月十四日。

華々しく開かれた、ボンゴレ挙げてのパーティーは、俺のために計画されたものだった。

来客はこぞって俺に祝辞を述べる。

少々お早いですが、お誕生日おめでとうございます。と。

「当日は色々大変なんだよ。数日前にはXANXUSだし、前日はリボーンだし。全部まとめてやってもいいけど」

それって、クリスマスと誕生日を同時に祝われる子供みたいじゃない?なんて言ってみたりして。

「たまには俺も、あの二人を思いっきり祝ってみたいからさ。無理言って、俺のだけ早めてもらっちゃった」

「そういう場合はお前の方を優先すべきだろぉ」

「あの二人にお願いするより、俺が自主的に動く方が一番手っ取り早くて安全ですよ?」

「…………違いない」

視線を床に投げ落としながら乾いた笑みを貼り付けたスクアーロは、容易く想定できる彼らの態度に重々しく溜息をついた。

交換条件として無理難題を押し付けてきたり、機嫌を損ねて暴れられるくらいなら、こっちが折れた方が早い。

そういう対処法を知っている、という点で俺とスクアーロにはそこはかとない友情にも似た親近感がある。

十代目が部下を立てて引き下がる、という現実に難色を示す人もちらほら居たが、これは俺自身の我が侭だ、ということを全面に出して押し通してみた。

珍しくも貴重な十代目の我が侭だ。

権力者らしからぬ退くような態度よりも、常日頃あまり無理を通そうとはしない十代目のらしからぬ『ご命令』に注目が集まってくれた。

そういう意味では、大成功。

「俺、頑張ったと思わない?」

「知るか」

第一それは俺を呼んだ理由にはならねえだろ。俺に祝われてどうするってんだぁ。

ああまた。そうやって眉間に皺を寄せる。

跡がついてしまうんじゃあなかろうか。

…もしかしたら、もう付いてる?

折角の顔が。もったいない。





「スクアーロ。俺はね、どこの誰よりも、お前に祝って欲しかったんだ」





傲慢?不遜?なんとでもどうぞ。

無理矢理呼んでおいて、祝いも何もないかもしれない。

けれど、逃げ道は一応用意したというのに、ここに現れたのだから。

それだけが、その事実だけが、俺の背中を押してくれる。



いや。



押すに、十分すぎるくらいで。



「ねえスクアーロ」



バクンバクンと、ズクズクと。

身体全体が心臓になってしまったのではないかと錯覚するほどに鼓動ははちきれんばかり。

体中の血管が爆発してしまうんじゃないかと思い込んでしまうほどに血流が異様に速くて。

スクアーロが眼前にいる、というだけで加速する身体中のなにもかものスピードは、今、最高速に達している。

身体が、熱い。

唇が、微かに。



微かに――震える。







「俺に好きって言ってよ」







オブラートに包んだ告白は、俺の傍近くに控えていた守護者や友人らに筒抜けのまま、スクアーロを包囲した。




逃げることは、許さなかった。



そうして、目を見開きつつ、自分を取り戻したスクアーロが放った答えは。








俺が予想した通りの拒絶だった。

















「何、勝手に逃亡してやがる。お前の大事な『お友達』どもが血眼になって探してたぜぇ」

「やっぱり来てくれたんだ、スクアーロ」

鉄骨の先っぽに腰掛けて、寒そうに己の身を抱きしめて…一体何をやっているんだコイツは。

「…なにが『やっぱり』だ。お前が散々お前の逃げ場所を刷り込んだんだろうがぁ」

「刷り込みだなんておおげさな。俺はただ、会う度に俺の秘密の場所をひとつずつ教えてあげてただけじゃん」

「俺に虱潰しさせるためにかぁ?性格悪すぎんだろぉ」

ガツ、とわざと音を立てながら瓦礫を踏みしめれば、音に反応を示した奴がそっと振り向いた。

……青白い。

深夜――否、明け方という時間帯を考慮しても、その白さは薄闇のせいだけではないだろう。

馬鹿な野郎だ。

風邪でもひいたらどうするつもりなのか。

「ああ、馬鹿は風邪ひかねえんだっけな」

「ちょっと待ってよ。その話題どこから出てきたの」

思わず声に出してしまったものだから、馬鹿がムッとして身まで乗り出してきた。

自分のことだと悟ったのか?馬鹿のわりには察しがいい。

「天下のボンゴレ十世様が吹きさらしでおくつろぎとは、いいご身分だっつう話だよ」

わざと一歩一歩を強く踏み出せば、鈍く重い足音が追従する。

ひしゃげてしまえこんな鉄骨、という思いを込めているのだから当然だ。

こいつを探して、俺がどれだけ走り回ったと思っている。

「今日ばかりは自分の運を呪ったぜぇ」

「あ、ってことはやっぱり最後だったんだここ!遅かったもんね。俺がどれだけ待ったと思ってんのさ!」

「貴様ぁ…!三枚におろすぞぉ!」

「あははは面白いこと言うねスクアーロ!無理でしょ!無理って知ってるもんね!」

「何が無理だぁ!俺が本気だせばお前なんざ一捻りだろうがぁ!」

「無理無理無理無理絶対無理!だってさ、ねえ?スクアーロ」

コーン、と高い、澄み渡るような金属音が鼓膜を突く。

野郎――十世が片足だけでスッと鉄骨の上に立ち上がったからだ。

軽く上げていた左足が、ゆっくりと鉄骨へ落ちていく。





コーン。





踵に鉄でも仕込んでやがるのか。



「スクアーロ、知ってる?俺が仕事の合間を縫ってお前に会いに行く度、嫌がる素振りで出迎えることを」



当然だ。

任務や仕事を邪魔してでも、こいつは俺に『かまってくれ』と命じるのだから。

命じられれば、逆らえるはずなどないというのに。



「知ってる?俺がスクアーロに触ったらすぐ離れてちょこっと肩を竦ませるのを」



当たり前だろう。

お前に触れられる必要性を感じない。

スキンシップをはかるべきは、お前がたらしこむ必要のある部下や狸どもだろう。

今更距離を縮めずとも、俺はお前に膝を折るしかないのだから。



「知ってる?お前の受け答えが1だとしたら、俺はその1を得るために99話しかけていることを」



割合の問題か?

お前が勝手にべらべらと喋るんだろうが。

聞いてやってるだけでもありがたがりやがれ。



「今もほら、眉間に盛大な皺が寄ってる」

「そりゃそうだろぉ!お前のおかげで、俺はお前の信奉者に目ぇつけられてんだろうが!うぜえんだよ!」

守護者がその筆頭だ。

現に本部へ現れた山本は俺に念を押してきた。

自分たちの知らないことを、お前は知っているのではないか、と。

十世の『特別』が俺だと認識された瞬間から、奴らの中で俺は要注意人物と化している。

めんどくさくて仕方がない。

「たちの悪いことに、お前の秘密の場所とやらも、俺しか知らないようだしなぁ…!」

「それこそ当然じゃん。何?みんなも知ってると思ってたの?」

だから、誰にも知らせずに?

誰にも教えてやらずに?

告げ口もせずに、ここに現れたって言うの?

ああ、にやにやと気持ち悪い笑い方しやがって。ムカツク。



「ねえ、スクアーロ」



クス、とひとつ。

ぐっと口端を吊り上げて笑むと、振り払うように顎をひき、十世は顔を伏せた。



「知ってる?」



ああ、風が冷たい。

ざわざわと、たった一本の梢を揺らす大気の流れが、十世の背後から俺に向かって襲い掛かる。

…どうやら襲いくるのは風だけではないらしい。

俺の方を向いたまま立ち尽くす奴の背後から、うっすらと空の白みが増していく。

丘の稜線と一本の若木だけが奴を彩る景色だから、空の光彩の移り変わりがやけに視界と思考を奪って。











「会う度に、触れる度に、話しかける度に、お前の目が柔らかく笑むことを」











俺を、盲目にする。


















目を見開いて動きを止めたスクアーロに向かって、俺は殊更ゆっくりと、意識して微笑んでみせた。



想定された拒絶は思いのほか俺の心を抉った。

かといって立ち上がらないわけにはいかずに。

傷つく暇も与えられないのかと絶望しかけたこともあったとはいえ。

真っ暗で、崩れ欠けた世界の中でも、俺は気付くことが出来たから。







あるはずのない、希望を。







だから、願いを。



もう一度だけ、走るから。



見えなかったはずの境界線を、今、目に写すことが出来る。



思い出して。

ひとつひとつの貴方の所作を。

声を。

心を。

叫ぶ、本能を。



痛みも辛さも、全て飲み込んでみせるから。

全てを包む、空になってみせるから。



気付かないなら、教えてあげる。

忘れたのなら、もう一度始めればいい。



俺の中の炎が、勇気へと還元されるのなら……動け、この足。



怯えるよりも、凍えるよりも、難しくて恐ろしくて、でも容易くて嬉しいことが、あるでしょう?



ああ、そうだ。

俺は最初から、知っていたのかもしれない。

ここに、あることを。
















「スクアーロ…好きって言ってよ」















貴方が越えられないのなら、俺が飛び込んでみせるから。



眩すぎる、この境界線を。













スクアーロ。貴方の心がここにある。












☆☆☆








夜明けを抱く空。

ついに俺の視界に飛び込んできた白より眩しい輝く陽が、十世の輪郭をなぞっていく。

一際強く吹きつけた風が、奴の髪を乱し、俺の身体を覆いつくす。

そうやって。

お前はまた、俺を包囲するのか。

俺が一人で、ここにやってきたという事実を突きつけて。

無意識下の和らぐ心を気付かせて。



腕を伸ばして、一歩、進んでみせるのか、お前は。



キラキラと、揺れるたびに金色の光を零す髪が風に弄ばれて頬にかかっている。

お前にとっての追い風は、俺を後ろへ引き下がらせる向かい風だというのに。

本当に、お前は理解しているのか。

境界を踏み越えてまで、そこに価値はあるのか。

俺は動けはしないのだ。

結局、お前の強さに圧されるだけで、腕を上げることも出来ず、瞳を逸らすことも出来ず……叫ぶ心に重々しい蓋をする。

俺に、どうしろというのだ。

ああ、今、下を向いてしまえば、俺は完全に立ち止まってしまえるだろう。







「スクアーロ。お前は一人じゃないんだよ」








だから、怯えないで。

逸らさない瞳に心を寄り添わせれば、俺がそこにいることに気付けるはずでしょう。

一人じゃない。

だって、俺とスクアーロ、二人で始めるから、これは恋と呼べるんだ。













……いつか夢見た世界が、開く。















しぶとく縫い付けられ、縛されていた足が、地面から解き放たれた。

踏み出せば、越えられる。

腕を伸ばせば、触れられる。

引き寄せれば、想像よりはるかに軽いその身は簡単に俺のテリトリーに収まった。

お前の微笑が、滲む。























そうか、これが、恋なのか。










☆☆☆☆☆






ようやく手に入れた恋にしがみつきながら、俺はそっと目を閉じる。

体温が、冷えた指先にまで染み渡る。

腕を回しても、背中で俺の掌が重なることはなくて。

成長、したつもりだったのに…この人を抱き締めるには、俺の腕はまだまだ足りないのかな。

見上げた先にはサラサラと落ちてくる銀色。

俺の首筋に落ちている唇がやけにくすぐったくてたまらなくなる。



「ねえスクアーロ、好きって言ってよ」



だから、というわけではないけれど、思わずもう一度繰り返す。

ずっと欲しかった言葉は、今ならもらえるんじゃないか?



「やなこった」

「え、ええ!?ちょっ……自覚したんじゃなかったの!?」



これはちょっと予想外なんですけど!

だって!え!?だって!





馬鹿が…というやけに重くて甘い声音に背筋を震わせれば、腰に回された腕に一層力が加わった。

ああ悔しい。



この人の腕は、俺をすっぽりと抱き締めてしまえるのか。



これでもかと引き寄せられた俺の身体はまっぷたつに折れそうで。

肺が潰れて破裂しちゃうんじゃなかろうかと思うほどで。

耳に直接触れる呼気が、俺の心臓を破裂させて。











「俺に愛してるって言え、綱吉」











最大最悪最強最高の殺し文句が、文字通り俺を殺したのだった。











クラッシュ/バウンド











馬鹿な綱吉と、より一層馬鹿なスクアーロの話でした。
わかり辛い自覚はあります…すみません。

じゅ、十代目!お誕生日おめでとうございます2008!