夢で逢えたら
明晰夢、というものがあるらしい。
自分でみている夢を『これは夢だ』と認識してみる夢。
思い通りに変化させられるというそれの最中に、自分はいるのだと思う。
なにせ、真っ暗だ。
「ゔおぉい…なんだってんだぁ」
まだ昼間だろぉ、という呟きすらも暗闇に吸収されてしまう。寝た覚えはない。まったくない。
だがしかし、この周囲を覆い尽くす何もない闇は夢だとしか言いようがないではないか。
なんせ、非現実的すぎる。
「確か…任務の途中じゃなかったかぁ?」
眠りについてしまう前の記憶が曖昧だ。
一人きりにも関わらずわざと声を出して確認してしまうほど、表には出さないもののかなり戸惑っていた。
柄にもない。
というか、任務中に眠ってしまっている自分自身の体が心配だ。無防備にもほどがあるだろう。
頭を抱えてしゃがみこみ、必死に唸って思い出せば、おそらく自分は単独で、雪山に逃げ込んだ賊の残党(先日ヴァリアー本隊が殲滅した組織の逃亡者、だったような気がする)を追っていたはず。
……ゔおぉい、雪山の中で睡眠だと?
「死ぬじゃねえかぁ!」
「うわぁっ!」
凍死の危険性に声を上げれば、背後に突然現れた気配が悲鳴を上げた。
無防備とはいえ夢の中。
現実世界では危うい状態やもしれないが、夢の中で背中をとられたところで殺されはしまいと瞬時に判断しながら、緩慢な動作で後ろを振り向く。
それに、ここが夢だから、というだけの理由で気を緩めたわけではない。
聞こえてきた悲鳴は、どこかで聞いたような声音だったから。
「え、あ、え、えええ!?」
「………」
目をまるく見開き、口をパクパクとさせながらもまともな言葉を発さず、手を微妙な位置まで上げたまま、一歩踏み出したような恰好で固まった子供がいた。
挙動不審。一言で済まされるほど目に見えてうろたえた少年は、嫌でも見覚えがある。
争いに争いを重ね、ごくごくまれに手を貸したこともある相手――ボンゴレ十世、沢田綱吉。
正式に奴がその名を名乗ることを許されるようになってから少し経ったが、未だに納得できはしない。
「な、ななななんでこんなところにスクアーロ!?幽霊!?」
「ゔおぉい!勝手に殺すなぁ!」
一声大きく叫んでやれば、情けない悲鳴をあげて身を縮こまらせた。
俺相手でこんなになっちまう子供が、本当にボンゴレを背負っていけるというのか。甚だ疑問である。
「どっからどうみても夢だろぉ…ったく、なんでお前が現れるんだぁ」
全く思い通りになどなっていないではないか。望んでこいつに会いたいなどと、一ミリたりとも考えたことなどないというのに。
蹲るガキを溜息交じりに見下ろしながら、コツコツと踵を鳴らす。
「え、と……夢?」
「そうに決まってんだろぉ」
「うわっ!周りめちゃくちゃ真っ暗じゃん!」
「今頃気付いたのかぁ!」
本当に大丈夫か。
あーそっかなるほど夢かーなどと徐々に気を抜き始めたガキは、それでも若干俺の様子を窺い、ビクビクと肩を揺らしながら地面に尻を付けて……体育座りの体勢を取った。
ああもう…怒る気にもならない。
「お前はボスとしての自覚もねえのかぁ!」
しかし言うべきことは言っておこう。
「ひぇっ!へ?いきなり何!?」
「今、俺が武器を構えてないからって襲いかからないとも限らないだろぉ!なのにのんきに膝抱えて座りやがって!せめて、逃げやすい、体勢で、いろぉ!」
「は、はいぃいいい!?」
わざわざ区切って一歩一歩近づきながら強調する。
まさかそのようなことを指摘されるとは、とあからさまに驚きつつ引きつつ。
怯えた表情を全面に出しながらも、即座に立ち上がったことには満足した。
まったく、アルコバレーノは少々こいつを甘やかしすぎではないだろうか。
今ここでこいつを襲うのか、と問われればそれは否だが、あまりの危機感の無さは今後のこいつの為にならない。
甘チャンのガキとはいえ、マフィアの世界に片足、どころかドップリ浸っているのだ。
「しっかりしろぉ!」
「すみません!」
直角に折れて後頭部を晒すガキに溜息をひとつ。
ああ、まったくなっちゃいねえ。
以上、本文一部抜粋。